第3話 虎一郎、街へゆく

 虎一郎こいちろう愛芽めめは山を下って街へと続く道にやってくると、虎一郎の視界にメッセージが現れた。


『パブリック・エリアに入りました』


「ん? 愛芽めめ殿、何かに入ったと……」


「あ、パブリック・エリアね」


「……?」


「さっきの山はコイちゃんのプライベード・エリアだから、コイちゃんとフレンド、あと社員しか入れないんだけど、この先は他の人も居るんだ」


「う……、うむ」


 虎一郎は良くわからなかったが、とりあえず返事をした。


「ほら、見える? あれがピンデチの街だよ。始まりの街で一番大きな街なんだ」


 虎一郎は目をらして遠くを見ると、今度は目を丸くして驚いた。


「なんと! 今まで見たどの城下町よりも大きいではないか! 殿様とのさまはおるのか?」


殿様とのさま? ははは、そんなの居ないよ。あの街は家もあるけど、ほとんどお店だし」


「なるほど、殿様の居ない城下町じょうかまちのようなものか……」


「じょうかまち? なんか良くわからないけど、とりあえず行ってみようよ」


「うむ、そうであるな」



 ―― ピンデチの街 ――


 虎一郎は見慣れない街並みと沢山の人々に驚きながら歩いていた。


愛芽めめ殿、この街の人々は仕立したてての良い着物や甲冑かっちゅうを身に着けておるな。見たこともないけものを連れている者もる」


けもの? あ、仲間にしたモンスターのことか」


「それに、この街の人々は皆楽みなたのしそうにしておる。裕福なのであろうな」


「まぁ、ゲームの中だしね。普段は仕事とかで大変な人も沢山いると思うよ」


「げーむの中?」


「え、うん。……あ、あの建物にトレーニングルームがあるんだ。行こう」


 愛芽めめはレンガ造りの大きな建物を指差すと、虎一郎は驚いて声をあげた。


「なんと、石造りの巨大な建物とは!」


「え、そんなに驚く?」


「い、いや、私の時代は木造りの建物しか無かったのでな。石は城の石垣にしか使えぬほどの貴重きちょうなな物だったのだ」


「へぇぇ」


 愛芽めめと虎一郎は話しながら建物に入ると、虎一郎はさらに驚いた。


「なんと立派な……。愛芽めめ殿、私のような者が入って良いところなのであろうか」


「もちろんだよ。だってトレーニングルームだもん。こっちこっち」


 愛芽めめは虎一郎を手招てまねきすると、剣のトレーニング用の人形が並ぶエリアに案内した。


「コイちゃん、あの人形で試し斬りしてみて。もし大丈夫そうだったらロボット相手に……」


 愛芽めめが話していると、虎一郎は嬉しそうに人形に近づいていった。


「おぉ、この人形を斬っても良いのだな。父上と一緒にわらで人形を作って稽古したのを思い出す。……では早速失礼さっそくしつれいして……」


「ははは、コイちゃん嬉しそうだね」


「うむ。父上と稽古したのが懐かしくてな」


 虎一郎は刀を抜いて構えると、刀身とうしんを返してやいばの無いほうで構え直した。


「ぃやぁっ!」


 バス、バスッ


 虎一郎は上段じょうだんの構えから袈裟斬けさぎり、水平斬すいへいりとり出すと、笑顔になって愛芽めめに言った。


愛芽めめ殿、しっかりと刀が振れる。どうやら体はにぶっていないようだ」


「コイちゃん、すごい! 人形のHPけっこう減ったよ」


 愛芽めめは人形の上に表示されていたHPを指差すと、突然笑い声が聞こえてきた。


「「はははは」」


 愛芽めめと虎一郎が振り返ると、男女3人のプレイヤーたちが虎一郎を見て笑っていた。


 虎一郎が不思議そうな顔で3人を見ると、3人のうちの男性プレイヤーが虎一郎に話しかけてきた。


「お兄さん。刀、反対に持ってるよ」


「うむ、峰打みねうちだ。刃のあるほうで斬れば人形は真っ二つになってしまうからな」


「え、本気で言ってます? その人形はそんな簡単に切れないっすよ。ははは」


「ほう、そうであったか。これは不勉強ふべんきょうであった」


 虎一郎は刀身とうしんを戻してやいばのあるほうで構え直すと、静かに息を吸い込んだ。


 スゥゥゥ……


「ぃやぁっ!」


 バンッ シュピン!!


 虎一郎は目にもまらぬ速さで刀を一気に振り抜くと、静かに刀を納めた。


 スゥゥ カチャ


 ズ…… ズズズズズ…… ズシャッ!


 すると人形は見事に真っ二つになって地面に転がり、それを見ていた3人の表情は一気に驚きの表情に変わった。


「は……、速ぇぇ」

「うそ……」

「え、ええっ?」


 すると虎一郎は地面に転がった人形を拾い上げながら3人に言った。


「切れてしまったではないか」


「い、いや、お兄さんが普通じゃないって……」


 シュゥゥウウ……


 その時、虎一郎が抱えていた人形が消滅していった。


「人形が……」


 それを見た愛芽めめは虎一郎に説明した。


「コイちゃん、この世界だとプレイヤーも含めてHP、あ、命の棒が無くなると消滅して復活するんだよ」


「復活?」


「うん、ほら人形見てみて」


「なっ! 人形が!」


 虎一郎が切った人形は元通りに戻っていた。


「あたしたちはプレイヤーだから、命の棒が無くなると自分のプライベート・エリアに戻されて復活するんだ」


「なんと。では私は命の棒が無くなったらどうなるのだ」


「えっと、たぶん、家に戻るんじゃないかなぁ」


「それはまさか……、不死身という事なのか」


「うん、この世界ならね」


「なんと! それほどまでに泰平たいへいな世の中になったのか!」


「うん。モンスターも昔は死んでたみたいなんだけど、今は命の棒が少なくなったら逃げ出すか、仲間になるよ」


「ええと、その……。すまぬ、愛芽めめ芽殿。そのモンスタとやらが分からぬのだが……」


「あ、そっか、ごめんコイちゃん。モンスターってね、襲いかかってくる……、動物? あ、コイちゃんの時代だと妖怪とか?」


「なんと、モノノケのたぐいがおるのか」


「えっと、そんな感じかな。たぶん」


 虎一郎と愛芽めめが話していると、さっきの3人が虎一郎の所へやってきた。


「お兄さん、さっきはすみません……。あの、すごく強そうなんで、良かったら一緒にパーティー組んでくれませんか? 攻略したいクエストがあるんです」


「???」


 虎一郎がよく分からないでいると、愛芽めめは笑顔で虎一郎に言った。


「コイちゃん、それいいかも! この世界に慣れるのにちょうどイイよ。クエストに行こう!」


「う、うむ。百聞は一見にしかずと言うからな。この国の事は早く知らねばならぬ」


「じゃあ、2階のギルドで登録するね」


「ぎるど?」


「うん。ギルドで登録を済ませるとクエストを受ける事ができるんだ」


「?」


「いいから、いいから」


 愛芽めめは虎一郎の手を引くと、3人のプレイヤーと一緒に階段を上っていった。

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