第6話「詰みの一言」

「……♪」


 現在、ハイエルフの王女は鼻歌を歌いながらご機嫌で身体を洗っている。

 そしてナギサは、刻一刻と迫る裁きの時に焦りを感じながら、脳をフル稼働させていた。


 今のナギサの頭には、複数の選択肢が浮かんでいる。

 

 一、今のうちに気配を消して逃げる。

 二、覚悟を決めて堂々としておく。

 三、彼女をどうにか言いくるめる。

 四、彼女を気絶させて、僕と出会ったのは夢だったと錯覚させる。

 五、もういっそ全部諦めてこの状況を楽しむ。


(……五は論外として、どれも現実的じゃないな……)


 一は、聴力がとてもいいハイエルフ相手に通じることではない。

 まだナギサが湯に浸かっていなければ希望はあったが、浸かってしまっている以上、水音を立てずに全身を湯から出すことは不可能に近いのだ。

 現に、急いでいたとはいえ、気配を消してなるべく音を立てないよう意識しながら湯に飛び込んだナギサの音を、彼女はしっかりと聞き取っていたのだから。

 今はシャワーを使っているので大丈夫な可能性はあるが、大丈夫じゃなかった時脱衣所に追ってこられ、裸を見られてアウトだ。


 二は、選択肢の中で一番まともではあるが、要は何も手を打たないということなので、バレてしまう可能性が高い。


 三は、一見のほほ~んとしている彼女相手ならいけそうな気はするが、王女の人柄をよく知らないナギサとしては、言いくるめる自信がない。

 相手が言いくるめられたフリをして、実は内心怪しんでおり、ナギサが油断したところを抑えられたらアウトだ。


 四は、王女に危害を加えるなどその時点でアウトだし、たとえ彼女が夢だったと思っても、再開した時に夢じゃなかったと思われる。

 となれば、どうして夢だと思っていたのか――という話になり、詰みだ。


 五は、もうほんと論外である。


(あぁ、もう……! いっそ、性転換の薬を使えてたらなぁ……!)


 ナギサが髪を薬で伸ばしたように、容姿を変えることができる薬は市場で取り扱われている。

 それこそ、限度があるとはいえ、身長を伸ばす薬などもあるのだ。

 そして、技術的には性転換の薬を作れる、とも言われている。


 しかし、その薬が市場に流通することはない。


 なぜなら、悪用されるリスクがかなり高いため、どの国でも製作を禁じられているからだ。

 そうでなければ、お嬢様学園に潜入しないといけないことになった時点で、ナギサは喜んでその薬を飲んでいたことだろう。


(とりあえず、男だとバレないように体を隠しながら、彼女が出ていくのを待つしかないか……)


 ナギサはそう覚悟を決めるしかなかった。

 氷系の魔法を使って首元を冷やせば、のぼせる心配もない。


 問題は、一緒に上がろうと言われた場合、詰むということだ。


「――お隣、お邪魔しますね?」


 体を洗い終えた王女は、頭にタオルを載せながら一糸まとわない姿で湯に入ってきた。

 それも、言葉通りナギサの隣に。


(なんでこんなに広いのに、わざわざ隣に来るの……!?)


 ナギサは王女の体を見ることができず、顔を赤くしながら視線を外して心の中で叫ぶ。

 こんなにも近くで見られてしまえば、いくらタオルがあろうと男だとバレてしまいかねないのだ。


 ――その上、ナギサを追い詰める一言が王女から発せられる。


「そういえば、大浴場ではタオルを湯に浸けては駄目なルールになっていますよ?」

「――っ!?」


 ナギサが湯船にタオルを浸けていることが気になったらしく、王女は優しい笑みを浮かべながら注意をしてきた。

 彼女からすれば、新人にルールを教えているだけのつもりなのだろう。

 だけどそれは、タオルが唯一身を守れるものであるナギサにとって、絶望的な指摘だった。


「あっ、えっと、その……絶対、外さなければなりませんか……?」

「汚れや雑菌がお湯を汚してしまうそうなので、駄目とのことですね」


(お、終わった……)


 湯を汚してしまうからやめろ、と言われれば、反論する余地などない。

 彼女からすれば、同じ女性同士で体を隠す意味はないと思っているのだろう。

 いくら箱入りのお嬢様とはいえ、男と女の体の違いは知っているはずなので、見られれば一貫の終わりだった。


「何か、体を隠す理由があるのですか?」


 そして、タオルを外すわけにはいかないナギサが躊躇していると、王女は不思議そうに首を傾げた。

 疑われているわけではなく、あくまで不思議そうにしているのは、彼女が純粋なのだろう。

 これがリューヒであれば、ナギサは間違いなく終わっていた。


「その……私、胸も全然ありませんし……幼い頃からの鍛錬で、体が傷だらけでして……」


 ナギサは咄嗟に考えた、事実を交えた嘘を吐く。

 しかし、王女には通じなかったみたいだ。


「人の価値は、体で決まりませんよ? 大切なのは、中身です。少なくとも私は、相手の容姿で悪い判断をすることはありません。何より鍛錬による傷は、それだけ頑張っておられたという証明なので、私は素敵だと思います」


 だから、安心して外せ、ということなのだろう。

 話していて王女の人柄がとても良いことがヒシヒシと伝わってきて、彼女を騙しているナギサはとてつもない罪悪感に襲われた。

 ましてや、彼女の裸も見てしまっているので、本当に申し訳なく思っている。


(もういっそ、外したほうがいいのかな……?)


 半ば諦めに近い感情。

 それで彼女に嘘を吐いたことや裸を見てしまったことに対する償いになるのであれば、ナギサはもう打ち明けたほうがいいんじゃないかと考えた。


 もしかしたら、優しい彼女なら理解を示してくれるかもしれない、という期待も込めて。


 だけど――

「ですが、人の視線が気になるというのもわかります。私も、そうですからね。今は二人だけなのですし、誰にも怒られませんので、無理に外す必要はありませんよ」

 ――まさかの、王女のほうから救いの手を差し伸べてくれたのだった。



=======================

【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(≧◇≦)


話が面白い、王女様がかわいい、素敵だ、と思って頂けましたら、

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これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪

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