第5話 関係者との対面

数日後、健一は高橋直樹との対話のために準備を整えた。直樹に会うことが、彼自身の心の内を深く掘り下げる手助けになると確信していた。山田と共に、カフェに決めた。周囲には人が少なく、落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「ここなら、話がしやすいだろう」と山田が言った。


「そうだな。静かなところが一番だ」

と健一は頷いた。彼の心の中には期待と緊張が交錯していた。


約束の時間が近づくにつれ、健一は深呼吸をし、心を落ち着けようとした。直樹が現れると、彼の姿は健一の予想とは少し異なった。高橋直樹は身長が高く、少し憔悴した様子で、目にはかすかな影が宿っていた。


「真田さん…」直樹は言いながら、硬い表情を崩さなかった。


「高橋さん、来てくれてありがとう」と健一は優しい口調で応じた。


二人はカフェの一角に座り、しばらく無言の時間が流れた。直樹は目を伏せ、何かを考えているようだった。健一は、彼が何を感じているのかを察し、話を始めることにした。


「高橋さん、今日はあなたとお話しできることを楽しみにしていました。少しでも心の中をお話ししてくれたら、私たちが何か手助けできるかもしれません。」


直樹は深いため息をつき、顔を上げた。

「俺は…何を話せばいいのか分からない。父のことも、俺のことも。」


「まずは、あなたがどう感じているのかを教えてください。父親との関係が、あなたにどんな影響を与えたと思いますか?」健一は優しく問いかけた。


直樹は一瞬躊躇した後、

「父は…俺にとって大きな存在だった。でも、その影響は良くない方にしか働かなかった」と答えた。


「どのようにですか?」


直樹は言葉を選ぶように続けた。

「父が刑務所に入ったとき、私は彼を恨んだ。でも、同時に彼の影を背負うことになった。俺は、自分が父親のようになりたくないと思っていたのに、気づけば同じ道を歩んでしまった。」


健一は彼の言葉を聞きながら、直樹の心の苦悩を理解していった。

「その影から逃れようとするあまり、どのように生きればよいのか分からなくなってしまったのですね。」


「そうだ。人と関わるのが怖い。自分の道を見失っている気がする。何をしたらいいかも分からない…」直樹の声には絶望がにじんでいた。


「それは大変な状況ですね。でも、あなたには自分を見つめ直す機会があります。過去を理解することで、未来に向かって歩き出せるかもしれません。」

健一は言葉をかけた。


直樹は少し考え込み、

「どうやって過去を理解するんだ?自分の中の恐怖や不安をどう克服すればいいのか…」


「それにはまず、あなたの心の中のことを語ることが大切です。あなたの過去や感じていることを、少しずつでも話してみてください。私も一緒に考えます。」


直樹は少し表情を和らげ、

「分かった。でも…自分のことを話すのは、簡単じゃない」と言った。


「それでも大丈夫です。まずは少しずつ、あなたが感じていることを言葉にしてみましょう。」


その後、直樹は少しずつ自分の過去や、父親との関係について話し始めた。父親の影響や、自分がどのように生きてきたか、どれほど心の中に葛藤を抱えていたのかを明かしていく。


健一はその話を静かに聞きながら、彼の心の奥に潜む傷を理解しようと努めた。直樹が父親に対して抱く複雑な感情、恨みや同情、そして自分自身のアイデンティティの葛藤が、彼の言葉から次第に浮かび上がってきた。


「父を恨んでいるけど、同時に彼を理解したいと思っている。どうすれば、その二つを受け入れられるのかが分からない。」直樹の声は震えていた。


「それは、誰にでもある感情です。恨みや理解は、同時に存在できるものです。それを受け入れることが、あなたの心を軽くする第一歩かもしれません。」健一は穏やかに言った。


直樹は深く息を吸い込み、

「分かった気がする。自分の気持ちをもっと受け入れられるように努力してみる。ありがとう、真田さん。」


「あなたが少しでも前に進めることができれば、私も嬉しいです。次は、父親との関係をどうするか考えてみましょう。一度会って、話してみるのもいいかもしれません。」


直樹は考え込んだ。

「でも、父は俺に何を言うだろう。俺が彼を受け入れられるのか、今は分からない。」


「それでも、彼に会うことで新たな道が見えるかもしれません。あなたの気持ちを伝え、理解を深めることができれば、少しずつでも関係を修復できるかもしれませんよ。」


直樹はしばらく沈黙し、次第に表情が柔らかくなっていく。

「ありがとう、真田さん。自分の気持ちを話すことができて、少し楽になった気がする。」


健一は微笑み、

「いつでも話したいことがあれば、言ってください。あなたの人生を少しでもサポートできることを願っています。」


その後、二人はしばらくの間、お茶を飲みながらリラックスした雰囲気で話を続けた。直樹は徐々に心を開き、自分の過去や未来について考える時間を持つことができた。


最後に、健一は立ち上がり、直樹に手を差し出した。「これからも一緒に歩んでいきましょう。あなたの未来が明るいものになるように、私も尽力します。」


直樹は手を握り返し、

「頑張ってみる。ありがとう、真田さん。」


その言葉に健一は心が温かくなり、彼の人生が再生する手助けができることを確信した。直樹との対話は、彼自身の過去をも少しずつ掘り下げる契機となり、新たな道を切り開くための第一歩となるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る