目覚めと失ったもの
第1話 失われた過去
……目が覚めるとここは見覚えのない天井だった。
どこだここは?まぶしい光に目を細めながら目を開けた。周囲の音はぼんやりとした白いノイズのようで、現実感が薄れた夢の中にいるようだった。彼の視線がゆっくりと動き、病院の天井が目に入る。白い壁と、点滅する蛍光灯。どこか無機質な空間が彼の心を不安にさせた。
「目が覚めましたね。」
どこかから声がする。彼の頭の中で響いた。優しい口調だったが、彼の中には言葉が浮かばない。自分がここにいる理由も、どうしてこの場所にいるのかも、全てが霧の中に隠されている。
彼は、周りの様子を見回した。小さな窓から入る光が、病室を照らしていた。目の前には、看護師と知らない人がいる。…だめだ記憶が霞がかって思い出せない。
「おい、健一、やっと目を覚ましたな。」
その人の顔は、喜びと安堵に満ちていた。しかし、健一は何も感じなかった。彼の心には空白が広がっていた。
「健一。お前は事故に遭ったんだ。そのまま意識不明で運ばれ今日まで一週間も目をさまさなかったんだ。」
事故? 記憶? 何が起こったのか、彼の頭の中は混乱していた。自分が何者なのか、どんな生活を送っていたのか、まるで他人のことのように感じる。
「どうやら記憶を失っているみたいだね。君の名前は真田健一という名前って覚えてるか?俺の名前は山田大介だ。君の助手だ。これから少しずつ記憶を思い出していこう。俺がそばにいるから心配しないでくれ。」
健一は、わずかに残った記憶の断片を思い出した。「山田大介」と「助手」という名に。
彼は俺の助手だというが、具体的な記憶は何も浮かばない。
「俺はどんなやつだったんだ?」健一はつぶやいた。
山田は頷き、「ああ、確かに。君は弁護士だったんだ。今まで数多くの事件で無罪を勝ち取ってきた優秀な弁護士だった。でも、ある日を境に。それは君が事故に巻き込まれたことだ。君はまず自分を取り戻すことが大事だ。何か思い出したら、すぐ俺に教えてくれ。」
そう言われ健一は何か思い出せるかと再び天井を見上げた。心の奥底で、弁護士としての自分が存在しているという感覚があった。それは少しずつ彼を支えていった。この空白の記憶を埋めるためには、何かを探し始めなければならない。健一は自分の過去と自己の真相を探すことにした。正直言って怖い。だが探さなければ何も始まれない。彼は自分の過去に起きた真相に向かって、一歩を踏み出す決意を固めた。
「山田、俺は自分の記憶を取り戻したい。過去に何があったか知りたいんだ。」
その言葉に、山田の表情は引き締まった。「それなら、探偵業を始めるのがいいかもしれない。依頼を受けて、少しずつ自分を取り戻す手助けになるかもしれない。」
健一は頷いた。
「でもしばらくは安静にしていないとダメですよ」
「どれくらいの期間ですか?」
「二、三日くらいですかね」
「じゃあ冒険はそのあとだな」
「あぁ。これからよろしくな相棒」
その言葉で彼の目に輝きが戻り始める。記憶の断片が、彼を待っているような気がした。失ったものを取り戻す旅が始まろうとしているのだ。
自分の空白の過去、何があったのか、しかし、何回も言うが過去を知ることは怖い。
でも健一はその恐怖が気になって好奇心を抑えきれない。
何が起きるかわからない。そんな思いが健一を焚き付けた。
「……変わらないなぁ…お前ってやつは…」
「ん?どうかしたのか?」
「いやっなんでもない。」
「そうか」
健一は病室の窓から差し込む青空を見上げ、心の中に湧き上がる不安と期待に押しつぶされそうになりながらも、決意を新たにした。自分の過去を取り戻すための旅が始まる。思い出せないことが多いが、少しずつでも記憶の糸をたぐり寄せる必要がある。
「事故のこと、もう少し詳しく教えてくれないか?」彼は山田に問いかけた。
山田は少し考え込んだ後、慎重に口を開いた。「お前は仕事帰りに交通事故に遭ったんだ。相手の運転手は酒を飲んでいたらしく、かなりの速度で突っ込んできた。お前はそのまま意識を失って、ここに運ばれた。」
その言葉が健一の心に重くのしかかる。自分の人生がどれほど脆いものなのか、改めて感じる。だが、同時に思い出したいという強い欲求が湧き上がった。
「酒…」彼は呟く。「それがどう影響しているのか、もっと知りたい。」
山田は頷き、少し話を続けた。「お前は事故に遭う前、ある大きな事件を担当していたんだ。無罪を勝ち取った被告が、実は関与しているという噂もあった。そのため、周囲はお前に注目していた。もしかしたら、事故にも何らかの理由があるかもしれない。」
健一の心は揺れ動いた。自分の仕事が、こんな形で影響しているとは思いもよらなかった。何が本当に起こったのか、自分の記憶の中に埋もれている真実を探し出さなければならない。
「俺の弁護士としての仕事、どうやって思い出せるのか?」彼は山田に尋ねた。
「記録や資料を見てみるのがいいだろう。お前が過去に扱った案件のファイルが残っているはずだ。それを見れば、少しずつ思い出せるかもしれない。」
健一はその提案に頷いた。「なら、早くそれを見たい。ここから出たらすぐにでも。」
山田は心配そうに彼を見つめた。「でも、安静が必要だから、無理はするなよ。」
「わかってる。けど、気持ちが焦るんだ。」健一は言った。
時間が経つにつれ、健一の心はますますその「真実」に対する好奇心で満たされていった。自分がどれだけ大切なものを失ったのか、どれだけの人たちが自分を待っているのか、知らないままでは終われない。
「これからもよろしくな相棒」健一は笑みを浮かべながら言った。
「おう、相棒。これから一緒に過去を掘り起こそうぜ。」山田は力強く応えた。
健一は病室の外の世界を見つめ、その瞬間、自分がどれほど大きな一歩を踏み出そうとしているのかを実感した。恐れはあったが、それ以上に自分を取り戻すための熱意が燃え上がっていた。過去を知ることで、未来を切り開く手がかりが得られると信じていた。彼の旅は今、始まったばかりだった。
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