白湯は白玉とちゅーが(すごく)したかった。

 初めての二人のデートだし(白玉はそうは思っていないと思うけど、誘ったのは白玉だし、これは立派な二人の初めてのデートなのだ)甘い思い出が欲しかった。でもそれはいくらなんでも欲張りすぎかな? とも思った。幸せは簡単には手に入らないのだ。あまり欲張りすぎるとばちがあたるかもしれない。(そんなことを思いながらも、どこか遠い外国に旅行にいってそこにある大きくて有名な美術館で有名な絵画を鑑賞している二人のことを空想をしながら、白湯はにやにやしていた)まだ二人は付き合ってもいないのだから。それに告白だってしていないのだ。

 でも、今日は奇跡の起きる日なのだ。チャンスがあればちゅーできるかもしれない。もしかしたら、告白もできるかもしれない。そんなことをどきどきしながら白湯は思った。

 そもそもこうして二人っきりでどこかに出かけるのは初めてのことだった。それだけだってすごいことだ。ものすごい進歩だった。(今日起きたときには絶対にこんなことが起こるなんて思ってもいなかった。今日も全然だめだったなとがっかりしながら普通に家に帰って、晩御飯を食べて、お風呂に入って、コーヒーを飲みながら夜の勉強をしていると思った)白湯は人類がはじめて月の上を歩いたときのことを思った。

 白湯は自分が読んだ本や気になった絵や感動した音楽などは全部自分の(そう言った気持ちを記憶しておくための専用の)手帳に書いてまとめていたのだけど、白玉はゆっくりと暖かい美術館の建物の中を展示してある絵を見ながら歩いて見ているだけで(まるで絵画の審査員みたいにすごく真剣に鑑賞していたけど)手帳にメモを取ったりはしなかった。(白湯だったら、ずっとペンを動かしていたと思う)

 白玉に誘われて嬉しくて有頂天になってほいほいとついてきただけの白湯だったけど、思っていたよりもずっと飾ってある絵画は素敵なものばかりだった。(さすがあの白玉がわざわざ外に出かけて絵を見に行こうとするくらいの興味を持つだけのことはあると思った)

 大きな作品も多くて、作品数自体も数があり、(構図もモチーフも新しかったし)見ていてずっと飽きなかった。(初期のころからの時間軸で作品が展示されていて、画家の人の成長や絵の変化を見ることができて楽しかった。説明もしっかりと絵の下のところに記載されていた)基本的には女の人を描く画家さんのようだった。(画家の人も女の人だった)

 それからある一枚の絵画の前で白玉はその足を止めた。そして白玉はそこに展示されている一枚の絵画をじっと見つめた。白湯も同じように足を止めて、その目の前にある一枚の絵画を見た。

 絵画の題名は『満ちる。』

 そこに飾ってあったのはどうやら白湯や白玉と同い年くらいのどこかの学校の制服を着ている少女と少年の絵で、二人は遠慮がちに抱き合っていて、お互いになにかを(きっと見えない自分たちの気持ちを、思いを、心を)相手に伝えようとして、じっと相手の目を見つめあっている。とても真っ直ぐで真剣な顔で。(その絵は強い原色で色が塗られていた)

 そんなとても素敵な絵だった。

 そんな絵を見て、きっと二人は恋人同士なのだと白湯は思った。(あるいは、そうではなくてこれから二人は恋人同士になるのかもしれない)

 二人が恋人同士であったとしても、これからなるのだとしても、白湯は二人に幸せになってほしいと思った。(頑張って。負けないでね。私も頑張るからね、と心の中で白湯は思った。思わずぎっと自分の手を強く握りしめながら)

 白湯は満ちる。の絵の説明文を読もうとしたのだけど、なぜかその絵の説明文は空白になっていた。(書き忘れではなくて、きっとわざとそうしているのだろうと思った)

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