第60話:冒険者+5:対決 竜の道化師ラウン
一言で言えば哀れだな。
私は目の前でアースドラゴンと一体化したゼンを見て、怒りを忘れる程に、そう思った。
「……馬鹿息子め」
ゲンも若干だが、纏う雰囲気が緩んだ気がした。
まぁ10が9になって程度だが。
『ウオォォォォォォ!! オレが長ダァァァァ!!』
「ウヒヒ……ヒャーハッハッハ!! 哀れで愚かだねゼンは! リスクがある! 人の姿に戻れない! そう言ったのに平然とノアの作った<>
全く、どこまでふざけた道化師だ。
だが小太郎が敗北した理由は分かったぞ。
あんな右腕が竜の頭部になって、竜の翼や尻尾まである人間ならば苦戦するのは当然だ。
小太郎の火傷を見る限り、きっと火も使うはずだ。
しかし気になる事を言ったな。
「合成魔剤? なんだそれは! ノアは何を作っていた!」
私が叫ぶと、ラウンは懐から一粒の小さな赤い結晶を取り出して見せてきた。
「これがそうさ! これには強力な魔物の因子が入っているんだ! これを飲んで相性次第ではボクちんみたいに<適合体>になれるんだ! 因みにボクちんの魔物は――」
「ボルケーノ・ドラゴン、レベルは<65>だろ?」
「なんだ……知ってたのか」
当たり前だろ。世辞で周りが私をダンジョンマスターとでも呼んでいると思ったのか。
自分で異名を呼ばなくても、ちゃんとダンジョンは行っているし、魔物にだって詳しいさ。
私はラウンを呆れた様子で見ていると、私の隣でゲンは納得した様に頷いていた。
「成程……アースドラゴンのレベル<62>の筈だ。ならば、こちらの馬鹿息子では制御ができない筈だ。――適合体よやらの条件は、近いレベルの者が最低条件なのだろう」
「なにお前等……なんで全部分かるの? 怖いわぁ~」
「お前が楽観過ぎるだけだ! 流石にノアには同情だな!」
私はそう言って身構えると、ゲンはゼンの方へ身構えた。
「良いのか……ゲン?」
「息子の弱さは知っている。そして、この手の類は都合よく戻るものではない。――ならば、せめて私の手で始末する」
そう言ってゲンは十文字槍を構えたが、少しだけ不安が残るな。
「クロノ! お前達も相手をしろ! ケジメだ!!――良いな、ゲン!」
「好きにしろ」
ゲンはそう言うと、自身の息子の成れの果ての方を向いた。
『オレが長ダァァァァ!!』
実の父であるゲンと対峙しても、こんな反応とは。
既に理性も何もかもが消えているかのようだ。
「ありがとうございます! 師匠!」
「よっしゃーやるぜ!」
「めんどいぃ~」
「楽しくなって来たねぇ!」
「全く、一文にもならない敵だよ!」
今、余裕のある弟子――クロノやミア達が下りてきて、ゲンと一緒にゼンに対峙する。
取り敢えず、ゼンの方はこれで良い。
私が相手をするのは――
「貴様! 良くも若を!」
「粛清してくれるわ!」
白帝の聖界天の冒険者達が、一斉にラウンへと掛かっていく。
だが奴は平然とした態度をしていて、そのまま宙に浮いて尻尾を上げた。
「じゃ・ま!!」
「ぐあっ!?」
「がはっ!」
ラウンは尻尾だけで冒険者達を薙ぎ払った。
そして彼等は、一斉に吹き飛ばされて気を失ってしまう。
そんなラウンと私は、このタイミングで目が合った。
「おやおやぁ~? この状況から察するとぉ、ボクちんの相手はアンタかいぃ~ダンジョンマスター!! けどボクちんの今のレベルは<78>だ! あのノアに匹敵する力さ! 流石に勝てるぞ! 今のボクちんにならお前にも!!」
「そうだと良いな……だがノアは実力も才能もあったし、そんな力で騒ぐ奴じゃなかったぞ。その程度の力ではしゃぐ奴に、私は倒せないと思え」
私の言葉にラウンの雰囲気が変わった。
額に青筋立てて、明らかに怒ってるな。
「じょ、上等だよぉ……! 相手してやるよ! この始高天の一人――堕落のラウン様が! ずっと疑問だったんだ。こんな、おっさんに、あのノアが負けるなんて……さ!」
そう言った奴は空中から私目掛けて突っ込んできた。
――上等なのは、こっちの台詞だ。ノアと同等だって? ふざけるな。
「試してみろ! この道化!」
私もラウン目掛けて高く跳び、 私達は真っ正面から対峙する
だが案の定だ。奴は今の姿に自信を持っている。
だから間合いが半端でも、あの右腕の竜頭を攻撃に使おうとして来ている。
「甘いぞ!
「グヘッ!!?」
氷を纏った回し蹴りによってラウンは吹き飛び、空中から壁に叩き付た。
更にそこへ、爆発するナイフを数本投げつけてやった。
「な、なんでだ! このボクちん――ぐわぁぁっ!?」
ナイフによる出血、そして爆発によるダメージにラウンは悲鳴を上げるが、お前だけは許さないぞ。
小太郎の件、そして――ゲンの息子としてのゼンの事も。
『ウアァァァ!! オレ ハ サイキョウ ダ!!』
「愚息め――螺旋迅・炎魔!」
「影絵・群犬」
「オラァ! 爆獣拳!」
あっちはあっちで壮絶に戦っているな。
ただやはり、息子なんだな――私と戦っていたよりもゲンの動きが鈍い。
クロノ達を補助にして正解だった。
「なに余所見してんだぁ!!――ドラゴンブレス!!」
「それぐらい余裕って事だ!――グラビウス・マーキュリー!」
奴が竜頭の口を開き、巨大な炎を吐き出してきた。
それに対し私は重力・水魔法で対抗しようと、ガントレットブレードへ纏わせた。
そして交差状に腕を振り、魔法の斬撃として奴へと放つ。
「――
まるで巨大な質量があるかの如く、その斬撃はラウンの火炎放射を吹き飛ばし、そのまま奴を呑み込んだ。
「ぐえぇぇ!! い、痛い!? 痛いよぉ!! ば、馬鹿な……今の状態のボクがぁ……ボクちんがぁ……!――負けるかぁ!!
奴は大量のナイフに炎を纏わせて、高速回転させながら幾つも私へと放ってきた。
だが私から見れば、ただの火遊びだ。
「ノアの強さ――その程度じゃなかったぞ!!」
今の私のレベルは奴の<78>から+5――つまり<83>だ。
レベル80を超えた領域は、本当に死闘の領域。
だが、それでもノアと戦った時には余裕はなかったが、コイツには普通に感じる。
「――
私はニブルヘイムの力を両足へ纏わせ、奴目掛けて真っすぐに回転蹴りを何度も放った。
私の蹴りによって炎のナイフは凍結しながら砕け散り、最後は奴の頭へと踵落としを叩き込んだ。
「――カッ!!?」
奴の目が白目に変わる。だが意思は残っているらしく、竜頭で私を食らおうとしてきた。
だが相手が悪かったな。ボルケーノドラゴンなら、何度も戦ってきたさ。
「魔物の相手を何度してきたと思ってる!! 急所ぐらい知ってるさ!!」
私はボルケーノドラゴンの額にブレードを突き立てた。
――瞬間、ラウンは目を大きく開いて絶叫した。
「ギャァァッァァ!! なんだぁ!? この痛みはぁぁぁ!!」
「やはり、そういう痛みも共有していたか! 魔物と合体、それは確かに強いかもしれないが……魔物との戦闘経験豊富な冒険者にとってはカモでしかない!――ゲン! トドメはお前が刺せ!!」
「――むっ!」
私は後はトドメという場面で、ブレードで突き刺したままラウンを持ち上げ、そのままゲンへと放り投げた。
向こうも既に決着間近らしく、ゼンはボロボロになっている。
だから私の声に彼もすぐに反応し、飛んでくるラウンの姿を見た途端、その肉体から魔力溢れ出した。
「――螺旋迅・残火の陣」
ゲンは両手で十文字槍を握ると、ラウンが来たのに合わせ、そのまま炎と共に槍を一閃する。
――結果、ラウンの肉体は二つに分かれ、そのまま地面に上半身と下半身が叩き付けられた。
「ガハッ!!? こ、このボクちんがぁ……! ノ、ノアァ……そ、創世はぁ――」
ラウンは、そこまで言った後、まるで血の結晶の様に赤く染まり、そのまま砕け散った。
「終わった……いや、まだか」
まだ終わっていない。私はゼンの方を見ると、既にアースドラゴンの肉体共々ボロボロで、いつ死んでもおかしくない状態だ。
「ゲン……どうする?」
「どうするもあるまい……ケジメもある。それにどの道だ。ここで斬らねばなるまい」
『オ、オレ ハ ダレナンダァ……!』
もう自分の事も分かっていないゼンへ、まるで介錯の様にゲンが槍を振り上げた。
――時だった。それよりも先に、何者かが飛び出し、ゼンの首を斬り落とした。
「――フンッ!」
「親父……!」
「初代!?」
それはゼンと私が良く知る人物――白帝の聖界天:初代ギルド長・ジン・ホワイトホースだった。
白髪に鍔もない長刀を持った姿。上半身も脱いで、老体とは思えない肉体から放つ威圧感が周囲を冷静させた。
『爺チャン……オヤジィ……ゴメン――』
それを最後にゼンはラウンと同じ様に砕け散ってしまう。
そんな光景に周囲は静かとなるが、そんな中で初代が口を開いた。
「これにて元凶であったゼン・ホワイトホースは、ケジメとして儂によって斬られた――故に、これにて手打ちにして頂きたい」
「親父ぃ……!」
「実の息子を親に斬らせる訳にはいかん……だからといってケジメもあった。すまなかったゲンよ。すまなかった……ダンジョンマスター、及びクロノギルド長達。そして各ギルドにも謝罪させて頂く。本当に申し訳ございやせんでした」
初代であるジンが頭を下げると、戦いの音はやがて完全に消えた。
それに合わせてゲンも頭を下げると、他の白帝の聖界天の冒険者達も私達に頭を下げてきた。
これ以上、何か言うのは流石に違う。
私はそう思いながらクロノ達やギルド長達をそれぞれ見ると、皆も頷いてくれた。
だから私も彼等を見て、静かにこう言った。
「謹んでお受け致します」
これにて五大ギルドとの抗争、そして始高天メンバーの一人を倒し、この戦いは終わりを告げた。
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