婚約破棄しても側にいた聖女が信仰を選びました
kyōko
y.2023 王太子のその後
リュドヴィック = ロルシー(Ludovic Lorcy)視点
魔王は振り子の如き、甦る。
赤子が成人になる頃。
歳はめぐり、冬きたり、日はめぐり、夜きたる。
烏は闇夜を翔け、 蛇は枝にはひ、 魔王は地にしろしめす。闇夜は事もなし。
久しからず、奇跡の少女を捧ぐれば、遂には滅びぬ。
「リュドヴィック王子、貴方が生まれた頃このO国は幸福の絶頂にありました。勇者が魔王を倒し、平和が訪れたのです」
年老いた総帥が僕に語りかける。
「社会情勢の混乱が収束しつつあり、王妃の懐妊を皮切りに、国民の間でも結婚や出産が続きました。今、その時生まれた子たちが成人になろうとしております」
繋いだ手を強く握りしめた。恋人のルネに絶対に離さないと伝わるように。
「冬が訪れ、もっとも夜が長い日に魔王が復活しました」
私が王太子として統べるこのO国には建国より続く教えがある。
周期的に世界を混沌に導く魔王が復活し武力で納めることの他に供物を捧げるという方法がある。
供物は奇跡を起こす少女が適しており、復活を止めることも可能と云われている。
そして教えに殉教した少女は聖女と呼ばれるようになる。
ーーーこれが建国より伝わる我が国の信仰だ。
「魔王の復活が確かめられたのなら、戦の準備を早急にしよう、被が」「恐れながら、王子」
被害がひろがらないように、と言おうとしたところに総帥が被せて発言してきた。
「魔王は忘れた頃に来る天災そのものです」
総帥は不敬な態度をとるが、圧に負けて私は何も言えない。
「天災とは、国家を脅かす最も恐ろしい敵です。
戦争は意志次第で回避できても、天災は止めようとしても止まりません」
魔王との戦争を三度経験した、我が軍の総帥は諭すように話した。
「目も覆いたくなるような天災が、間もなく国土を襲うことでしょう」
魔王は振り子のように、何度も繰り返し甦る。
周期は20年程で冬の夜、地上に現れる。
それは闇夜にとってあるべき姿で、脅威に感じるのは人のみ。
しかし、奇跡の乙女を魔王に捧げれば滅びるだろう。
総帥が諭すように話す中、何度もこの国の教えが頭の中をループする。
総帥が話の核心をつく前に、従来の方法で魔王の問題を解決したい。
けれど、この総帥が納得する言葉が思いつかない。
そんなことを考えあぐねていたら、「わたしが捧げ物となります」と隣から恋人のルネが答えた。
途端に辺りが静まり返り、自分の心臓が止まったのかと思った。
「教えの中の奇跡の少女に、一番当てはまるのはわたしのことだと思います」
繋いだ手はいつの間にか外されてルネは総帥の方に進んで行く。
「試す価値は、あるのではないでしょうか?」
止まった心臓が動き出し、煩いぐらいに鼓動が脈打つ。
総帥に「後悔はありませんか?」と聞かれてルネは「わたし、反省はするけど後悔はしません」といつもの口調で答えた。
これは彼女の口癖だ。
「……ご決断に感謝致します」
総帥はルネに最上級の敬礼をし、敬意を示した。
「わたしは元々は平民ですから。当然ですよ」
そう、彼女は平民だった。
しかし、神の声が聞こえる、と疫病から村を守ったりしたことから貴族の養子になったのだ。
そこで貴族が通う学園で私と知り合い恋人になった。
彼女の率直で慈愛に満ちた人柄に私は癒された。
魔王が復活してからルネが人身御供にされるのではないかと気が気でない私は常にルネを傍に置いていた。
それに業を煮やした総帥が訪ねてきたのだ。
「リュリュ様」
振り返ったルネは柔らかに微笑んでいた。
「私は信仰に殉じて聖女になります」
その笑みは慈愛に満ちていて彼女の覚悟を知った。
総帥からの無理強いではなく、本人の意志を覆せることなど出来なかった。
普段と変わらない口調で優しく「幸せになってくださいね」と言われて反射的に「そんなの無理だ」と言ってしまった。
その後は堰を切ったように止まらなくなった。
「私が常にルネを傍に置いたせいで」
「手放せなかったから、総帥の話を聞くことになり、決断を促すことになってしまった」
「私のせいだ」
「最初から遠くに、国外にでも逃がしてあげていれば、魔王の復活に責任を感じることはなかったかもしれない」
「今まで成功したことがないのに、ルネで成功する保証もない」
「ルネを守っているつもりが、引導を渡していたようなものだ」
そこまで一気に言ったらルネに手を握られた。
「リュリュ様、それは違います」
ルネのヘーゼル系の瞳がまっすぐ私を見据える。
「わたしもこの国のことが好きです。家族や友人が暮らすこの国が戦場になるなんて嫌です」
「だから、どこにいても、何をしていても、この選択をしている筈です」
「リュリュ様が気になさるようなことは何もありません」
「きっとこうなることは決まっていて、
リュリュ様は、するべきことをしただけですよ」
ルネの言葉に何も言えずに立ち尽くす私に総帥が慰めるように声をかける。
「初めてお会いしましたが、ルネ嬢がなぜ多くの方に慕われ、愛されるのか、ご自身を犠牲に出来るのか分かった気がします」
「全力で、目の前のことに尽くして、誤解を恐れず、かけひきもしない」
そうだ、彼女は、そういう人で、これから素晴らしい人生を送るはずだった。
それを私が一番近くで見ているはずだったのに。
「妻がルネ嬢のお人柄をそう教えてくれました」
「私はそれを聞いて、ルネ嬢に期待する方が、しないよりも、より多く合理的であると思いました」
ーーー彼の言う妻とは元々は私の婚約者だった。
ルネと出逢わなければ、私が結婚していただろう女性。
高貴な生まれで見目も美しく、彼女自身に何も問題はなかったが、ルネのように愛することは出来なかった。
だから婚約を破棄した。
私の側にはルネがいるべきだったから。
ルネを一番近くで見ていたかったから。
そして元婚約者は、下賜のような形でこの総帥の後妻となった。何よりも大事にすると、この総帥は言った。
「T国の動きも怪しいので魔王の問題は早急に解決したいと思っており、ルネ嬢には、感謝してもしきれません」
総帥が言っていることが理解する前に頭の中を通り過ぎていく。
元婚約者とはこちらから婚約破棄を申し出、相手の実家の要望の【権威ある家との結婚】に答える形で成立した。
元婚約者は年老いた将軍の後妻となったのだ。
そのことが決まったときも元婚約者はいつもの様に微笑んでいた。
こんなふうに。
私の気持ちを優先して、別れを受け入れて微笑んでいた元婚約者。
私や国民を守るためにいつものように笑い、死地に向かう恋人。
私は何度、愛してくれた女性に、声を上げることすら許さず、笑顔で耐えさせてしまうのだろう。
私は何度、愛してくれた女性に、心の痛みを隠させて、笑顔で取り繕わせてしまうのだろう。
それらが彼女たちの愛情表現なのだとしたら、愛の本質はなんと美しく残酷なのだろう。
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