幻想日記

溜息怠(ハァダル)

第1話 10月4日

 中東情勢悪化の懸念。石油が輸出されなければ、電気や運輸など、インフラを支えるものに続々と影響し、物価高も相まって、人々の生活がますます苦しくなる中、先行きの見通しのたたなさに、ただひたすら不安しか感じず。


 今日について書こう。今から141年前の今日のことだ。フランスはパリからアジアの玄関口トルコの首都イスタンブールまでの14599kmを結ぶオリエント急行が開通した。


 ミステリーの女王アガサ・クリスティの小説の題材としても有名であるが、この「オリエント」というヨーロッパにとっての東方世界を指す古風な言葉がまた妙に印象的である。オリエントは東方世界という意味ではなく、ラテン語の「日の当たるところ」という意味が本来である。


 さすれば、この列車はまるで日の上がる場所に向かって颯爽と走っているかのように思えるのだ。


 フランスをたち、ドイツやオーストリアなどほんの100年ほど前神聖ローマ帝国であった土地を抜け、ハンガリー・セルビア・ブルガリアを通り、モザイク国家と言われたかつての世界帝国オスマン帝国へと辿り着くのだ。


 6日という長い時間を汽車に揺られながらヨーロッパを横断する。寝台車と食堂車があり、王族や貴族、大企業家など富のあるものが乗るような、まるでホテルがそのまま地平線に向かって走ってるような列車だ。


 ボギー台車と呼ばれる、電車の車両を水平に保つための工夫が施され、安定した空間を維持でき、まさに当時最新鋭の列車であった。


 ふと寝台車の椅子に乗り、窓越しに広大なヨーロッパの牧草地隊を眺め、かと思うと、パリやウィーン、そして、美しいイスラム建築が立ち並ぶイスタンブールのような大都会を見ることができ、長い旅路も、景色のおかげで全く苦にならないように思えるのだ。


 お腹が空いたら、廊下を歩き、食堂車は向かえばいい。煌びやかなシャンデリアや少し暗目だが、それがかえって高級感を演出してるように思える木製の家具や様々な模様をあしらえた壁紙。そこにちょっとしたバーカウンターがあり、様々な異国のお酒が並び、奥の方からはオーケストラの演奏が聞こえる。色鮮やかで技巧を凝らした料理を、車窓の風景を楽しみながら食べるのは、その料理の味を何倍にも美味しく感じさせることだろう。


 ああ、なんと心踊る旅であろう。異国から異国へと日毎に新しい世界を見れるなんて。日本に住む私たちからしたら、とても刺激的で、そして感動的な旅路だ。     


 当時の人たちは、初めてこの列車に乗り、何を感じたのか、ただ幻想するのである。


 

 

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