53.雷鳴

 

 デュダから聖フォーク城まで続く石畳の長い坂道を、松明や提燈ランタンを持った民の列が登ってゆく。城の正門に集い始める民衆を前に、門番は暫し粘りはしたものの、彼らの不安と怒りに共感してついに開門した。


 民はぞろぞろと列を成したまま、城正面にある広場へと向かう。そして松明を掲げて『公爵を出せ。出さねば肥料の山を食わせるぞ』と歌い始めた。


 集った民衆は怒りの者が3割、不安の者が6割、残りが祭り好きの馬鹿者であった。領が禁軍に侵略されるという噂が立っているのに、民の面前で説明をしようとしない公爵に痺れを切らしていた。


 他領の幾つかは禁軍と協力した上で残る聖女の討伐を宣言している。あるいは、中立を貫こうとしている領、それから禁軍とは共感せず、独自に聖女を保護しようとする領もある。このピピン公爵領はどうするつもりなのか。もし噂通り禁軍が侵略するつもりなら、いち早く聖女誅戮ちゅうりくを掲げる必要があるのではないかと、集まる民衆の中、広場の噴水に登って演説を始める若者まで現れた。


 そうして歌が『公爵を出せ』から『公爵を引き摺り出せ』に変わり、広場が危なげな熱を持ち出した時。城の3階部分、広い露台バルコニーに1人の少女が現れた。パトリシアだった。


「──お父様はもういないわッ!」


 声に気がついた民の何人かが、彼女に注目し始める。


「お父様は……、ピピン公爵はもう死んでしまったの。ハイドラが蘇るより前の話よ。今まで隠していて、ごめんなさい」


 パトリシアの隣に立つのは寵臣ちょうしんロック卿であった。そして彼女達の後ろには、ずらりと騎士達が並んでいた。


 今の言葉を聞いた民達はざわざわと声を立てた。


「お父様、だって……?」

「とすると、まさかあれは御息女か」

「名はパトリシアとか言ったような」


 声は徐々に力強く、確実に、不安を表すようになった。


「公爵が死んだってことは、この領はどうなるんだ」

「誰がこの領を守ってくれるんだ! 誰が軍を指揮するんだ!」

「今からでも逃げた方がいい!」


 場が混沌の色に染まり始めて、パトリシアはもう一度叫んだ。


「──話を聞いてッ!」


 息を荒げながら、続ける。


「あなた達の不安はよく分かるわ……! 1人1人とお話をして、気持ちに共感したし、何も出来ない自分がとても情けなく感じた!」


 この言葉を聞いて何人かの民が、街で薔薇を配って回った優しい少女がパトリシアである事に気がついた。


「私は、全てを説明するために、今ここに立ってる。お願い。だから、話を聞いて」


 民は徐々に静まっていった。殆どの者がパトリシアの話に耳を傾けた。そうさせる程に、彼女のその甲高い声にも、小さいながら堂々とした出立にも、寄り添おうとする話し方にも、どこか惹きつけるものがあった。


「噂の通りよ。新たに立ったであろう新王──いや、簒奪者さんだつしゃは、我が領を徐々に弱体化させ、頃合いを見て取り潰しにするつもりだと、そう言われている! それは、私たちの領だけではないと思う! 禁軍に従わない領や、聖女を信じている領、全てがそうなる!」


 民が息を呑む。そして、パトリシアはさらに声を張り上げる。


「そんな状況、諸侯が黙っているわけがない。やがて、人と人の戦いが全土で起こる! 国は荒れる! 瘴気と戦っている場合じゃなくなるッ!」


 僅かな風。松明の炎が揺れて、ぼうと音を立てている。民達の布の擦れる音も混じる。みな、顔を上げてパトリシアを見つめている。


「人類の戦いが今、人類を相手取って始まろうとしている。それは原典に存在しない戦い。神の想定していない筋書きシナリオの外の凶変。──今からでも遅くはない。戦いが大きくなる前に止めなくてはならない」


 パトリシアの後ろに立つ騎士達も民達と同様に、各々、神妙であった。じっと彼女の背中を見つめていた。不思議と、今は亡き公爵よりも大きなものに思えた。


「そのままにしておけば、世界は破滅に向かう! 王が殺されて、各地の争いがあって、聖女を失った今、次はどうなってしまうの? 考えるだけでも恐ろしい。やがて神を失って、住む場所を失って、瘴気に命を奪われてしまうわ!」


 そう言った時、『聖女はいない』と怒鳴った者がいた。民衆のうちの誰かなのだろう。パトリシアはそれを聞いて、拳を固く握った。言葉が詰まった。その様子を見たロック卿は、言う。


「否、聖女は確かに存在している。聖女は正教会の妄言にあらず」


 ロック卿が言い切ったのを聞いて、パトリシアは勇気をもらった。


「私も聖女を信じている。──でも! 仮に、聖女がいなかったとしても! 正教会の布教戦プロパガンダだったとしても! 何もしない事の理由にはならないわッ!」


 多くの民が、パトリシアの物言いに不意を突かれた。


「今を戦わずにいれば、生きられると思うわ。でも、きっとそれはしばらくの間だけ。人間が人間を滅ぼそうとする、そうした意志がこの世界にある内は、必ず破滅が訪れる。魔物達は虎視眈々とその瞬間を狙っている! そんなことは終わりにしなきゃ! そんなことは許されないと宣言しなきゃいけないんだ!」


 ぽつりぽつりとではあるが、何人かの民が『そうだ』と声を上げた。


「私は思う! 瘴気の時代に生まれたからには、私たちには義務があるのよ! 人が人として結束する義務が! ──誇り高きピピン公爵領の民として。神に祝福された湖畔の民として。瘴気のない世界を夢見るために。決して犯されない土地である事を示すために。私たちは立ち上がらなくてはならないッ!」


 パトリシアの声は既に枯れかけていた。こんなに長い時間、大声を出すことなどは初めてだった。


「目指すべきは大白亜ッ! そこに、神の名と国の威信を汚す簒奪者がいるッ! 私たちは簒奪者を討つッ!」


 民達はその掠れていく声をなんとか聞き逃すまいと、よく集中している。


「そして教えてやるの。人同士が争っている場合じゃないって。世界の安寧を祈るべきだって。そして、私たちには、抗う力があるってことを、ちゃんと教える! 私たちは抗うのッ! 祈りながら、抗うのよ!」


 パトリシアは最後の力を振り絞り、咳き込みそうになるのを堪えながら、こう叫ぶ。


「まずは私が抗う! 私があなたたちの前に立って、精一杯抗うわ! ──だから、少しでいい。あなたたちも、少しでいいから力を貸して! 私について来て! 一緒に戦ってッ‼︎」


 沈黙があった。人によっては長い沈黙に感じたし、短い沈黙に感じた。とにかく沈黙の中で、噴水の上に登っていた若者が雄叫びをあげた。天にマスケット銃を掲げたのだ。それが沈黙を破った。


 釣られるように他の者達も声を上げた。すぐにそれが一つとなって、割れんばかりの歓声となった。その音、勢い、まるで稲妻であった。声の圧はパトリシアの肌をびりびりと刺激した。


 少女の健気な想いが不安を決意に変えた。怒りの乱れを団結に変えた。その瞬間だった。


 彼女の後ろに並び立つ騎士達には、涙を流している者もいた。クララを行かせてしまった自分が情けなくて泣いている者もいたし、騎士になった頃の熱い心を思い出して泣いている者もいた。とにかく、心の内で抱えていた満たされない何かが力強く上に押し出されて、涙になって出てくるのだった。各々『白牛』として気高くあるべきだと心に誓った。


 パトリシアは肩で息をしていた。ひゅうひゅうと喉が鳴るのも気づかず、己の前に団結する民の姿を見て、やや驚きを滲ませながらも、その顔には仄かな笑みを湛えていた。


 その隣でロック卿は唖然としていた。この齢13の少女が自らの言葉で想いを伝え、民を一つに纏めた様を見て、感動するでもなく、誇らしいと思うでもなく、ただただ圧倒された。今、凄まじい事が起きたと、驚いていた。民衆の稲妻の前に立ち尽くすしかない。世界が変わる、その分岐点が見えた気がしていた。


 □□


 城内。暗い部屋。外から歓声が漏れて聞こえている。


 マリアベルは小さな灯りの下で1人机に向かい、文を書いていた。少し筆を走らせては止める。暫く、それを繰り返している。送付先はマール伯爵領軍、輝聖リトル・キャロルだった。


 文にはキャロルの身の上を案じている事が素直に書かれていた。それから独自の暗号を使用して、ピピン公爵領軍の動きと、マール伯爵領軍に呼応して欲しい旨が記してある。最後に、焔聖とのわたがまりはどこに原因があるのか、それは解消可能なのかを尋ねる旨が書かれてあった。


 ──可能であれば、輝聖と焔聖が肩を並べて欲しい。そうすれば、クララ・ドーソンは焔聖を諦めなくて良くなる、かも知れない。


 そう思って筆を走らせるのだが、うまくいかない。少し書いては、机の前で頭を抱えて、止まってしまう。前半部分、キャロルの身の上を案じている部分に己の想いが強く反映されてしまっているから、そんなつもりはないのに恋文のようになっている。それが気に入らないし、どう修正したら良いか分からない。


 羊皮紙を削って書き直そうと試みる。が、虚しくなってそれもまたやめてしまう。折角、自分の醜い感情をなんとか言語化したつもりだから、消してしまうのは違う気がする。そうして、ため息ばかりが積み重なる。


 いっそ簡潔な文にするべきかと、文言を考え直している時、扉が開いた。マリアベルはちらりとその方を見た。立っていたのはリアンだった。


 リアンは部屋に入り、物で散らかった床を片付け始める。殴り合いの喧嘩をして以降、数日ぶりに顔を合わせたが、そこに気まずさのようなものは無かった。


「挙兵の準備は整いそうですね、聖女様」


 マリアベルは目線を机に戻し、筆に印気インキをつける。


「彼女が民衆をまとめ上げる事も、聖女様の筋書き通りですか?」


「……あのお嬢様にこんな気概があるなんて、考えもしなかった。正直、ずっと綱渡りをしている気分です」


 文言を考え直そうとしているが、文言が出てこない。印気をつけたばかりの筆を置く。部屋にリアンがいるから、集中出来なかった。


「リアン」


「はい?」


 本を拾おうとしていたリアンが顔を上げる。


「少し、じっとしていなさい」


 マリアベルは立ち上がり、リアンに近寄る。そして膝を折って、そっと抱きついた。


 リアンの胸にぐいぐいと顔を埋める。筋肉質なその体に内心、僅かに驚きながらも、腰に回した腕にぎゅうと力を込めて、体を引き寄せるようにした。


「意外と逞しいのですね」


「こんな顔でも、一応は男ですから」


 リアンは彼女の人恋しさであったり、寂しさのようなものを瞬時に理解して、肩に優しく手を置いた。


 マリアベルは胸の中で深く息を吸っていた。体の甘い匂いと、外気の冷たく煤けた臭いがしていた。息をする度に心の中の空白が満たされるような、そんな気がした。


 さらに強く腕に力を入れる。もう、彼を何処にも行かせてはならないと、離してはならないと。


 が、すぐに思い直す。それは、逆なのかも知れない。つまり、リアンに己を捕まえていて欲しいのかも知れない。だからリアンを包み込むように抱きしめるのではなく、胸に顔を埋めるのだろう。それで満たされるのだろう。


「あのね、リアン。聞いて欲しい。……私には、魑魅魍魎が見える」


 リアンは優しく笑って、小さく問う。


「そうなんですね。一体、どんな姿ですか?」


「獣の手であったり、骨の手であったり、様々。私の心が生み出す幻想です。奴らは、ふとした瞬間に足元から這い出てくる。ウィンフィールドで、光の聖女を殺そうと地下墓地に向かった時、そこで初めて出会った」


 マリアベルが涙を堪えるようにして深く息を吐いたので、リアンは彼女の頭を優しく撫でてやった。


「でも、今にして思えば……。3年前、学園の剣技場でリトル・キャロルに対して毒を使う事を決意した、あの静かな夜。その時にはもう、悍ましい魑魅魍魎が全身に絡みついていたのかも知れない」


 リアンは『うん』と優しく相槌を打って、マリアベルの話を最後まで聞こうとしている。彼女が言葉を探して話す事を止めてしまう事があっても、何を言うでもなく、ただ言葉を待った。


「私は、奴らの事を『恐怖』の具現だと考えていた。でも、最近は恐怖とは違うような気がしている。爪を立てて脚から登ってくる腕が『一緒に堕ちよう』と誘っているみたい」


 マリアベルは腰に回した腕、その手でリアンの服をぎゅうと握る。


「私の中で、を求めようとすればする程に、狂気の蓋が開き、魑魅魍魎が這い出て来る」


 魑魅魍魎は日に日に数を増す。何かを求めようとする気持ちが激しいほど、獣たちの爪は鋭く尖り、獣たちの体温は肌が焦げるくらいに高まる。初め、マリアベルにとってそれは不快であった。だが、今はその痛みが心地よく感じてしまう事もある。甘美さと妖艶さを孕み始めた。──冷静になると、それがたまらなく怖い。


「そして、魑魅魍魎の中で神が私を見ている」


 頭に焼きついて離れない、神の瞳。絹のような美しい髪。神秘的な顔つき。星空の雀斑そばかす。そして、多指の掌。己らと遥かに近い形の、だが、確かな異形の娘。


「この幻想が『恐怖』の具現でないならば、正体は何……? まさか『狂気』……? 私が何かを求める度に出てくるのならば、私の手に入れたいものは、気が触れて初めて得られるということ? それとも狂気こそが私の本質?」


 偽りも飾りもない問いだった。不思議と、リアンの前では普通の乙女でいられた。


「このままでは私は狂ってしまう。あなたに殺される」


「聖女様」


「怖い。今の私が本物? それとも、狂った姿が本当の私? どっち? どっちが私?」


 マリアベルは胸から顔を離し、リアンを見上げた。


「あなたは何故、ここに来たの? もう私を殺してしまうため?」


「僕は、リトル・キャロルの為に出来ることは何でもすると、心に決めていた。だから、あなたを助ける事がキャロルの為になるなら、そうしようと思った。そして、貴女が何処かに行ってしまわないように繋ぎ止める事が出来るなら、僕がその役目を担おうと思った」


「……あなたはリトル・キャロルの事を好いているのですね」


 何故だか、それはとても切ない気がした。好いているのは一緒だし、むしろ己の方が好いている自信さえあるのに、複雑だった。


「好きかどうかは、正直なところ、僕には良く分からないんです。ただ、キャロルに憧れていることだけは確実なこと」


 リアンは続ける。


「でも、僕はまだ若いから、長い時間一緒にいる人がいれば、常にその人ことを考えてしまう。今はキャロルよりも、あなたの事を考える日の方が多くなって、いつの間にかそれが普通になった。頭の中で何処かで聞いた歌が延々と流れるように、貴女の事が常に脳内にある。だから、繋ぎ止めたいと思ったんだ。何者かが、あなたを遠い何処かに連れて行かないように」


 窓の外、熱狂は未だ続いている。だが、燃えるような人の唸りも、この2人の静けさを犯すことは叶わなかった。


「あなたは未完成だと思うんです」


「私は聖女の力を覚醒させていない。瘴気を払えない」


「それもあるけれど、僕はね、海において、真の姿は調和ハーモニーだと思うんです」


 マリアベルは黙り、じっとリアンを見ていた。


「遥か地平線の彼方まで、どこまでも調和が続いている。平凡で完璧な青が、永遠に続いているんだ。きっと、マリアベル・デミはそうなるのだと思う。喜びも怒りも憎しみも、愛や狂気でさえも調和させて、一つにしてしまう」


 誰かが祝砲を上げたのであろう、発砲音が鳴って、また激しい歓声が窓を揺らした。


「──リアン。私ね、クララを心のままに送り出せたことに、安心している」


 そう言ってリアンの手を優しく取り、その親指をそっと口に含んだ。自らの右手の親指でリアンの唇を優しく撫でる。察したリアンは指を口に入れ、そして互いに指の腹を強く噛み、血を吸った。


 □□


 翌、禾稼かか晦日つごもり。大白亜への奇襲を成功させる為の準備が急速に進められた。即日の徴兵となったが、民の士気は高く速やかにそれを受け入れ、ピピン公爵領軍の軍勢、凡そ二旅(1000人)。


 ロック卿が水面下で行っていた諸侯との密約により、ホルスト伯爵領軍が近隣の諸侯をまとめ上げて一師(2500人)を用意。その他、キャザロ子爵領やリポン子爵領などの神の教えに忠実な領から一師(2500人)が集まった。武器についてもホルスト伯爵やデュダの商人達の尽力によってそれなりの数が集まっていた。


 節が移って、鶺鴒せきれい朔日さくじつ。その日は夜明け前から聖フォーク城前の広場に兵が集まり、伝統的な祭礼が催された。


 午前7時。男達は組討レスリングに興じ、女達は歌って踊る。


 午前8時。7度に渡って闘牛が行われる。負けた7頭の牛は生贄として扱われ、12歳未満の男子100人によって捌かれた。肉は巨大な篝火で焼かれ、兵たちに振る舞われる。遥か昔は、捕虜同士を戦わせて負けた者を生贄に捧げていたとされる。


 午前11時。牛の血で作った菓子を兵隊は食べた。味を好まぬ者でも、渡された分は全て食べ切ることが推奨される。


 正午。兵達の面前に領主ピピン公爵、即ちパトリシア・ヒンデマンが現る。公爵領の歴史において、女性領主は初であり、最年少でもあった。


 パトリシアは立ち並ぶ兵達の全員に声をかけ、一人一人、牛の血と土で作った皿に葡萄酒を入れたものを手渡していく。彼女はこの時のために、それぞれの兵の名と母親の名前を一晩で覚えて来た。領主に名を呼ばれた時、兵達は胸が熱くなるのを感じた。


 午後1時半。デュダの巫女によって祝詞があげられ、兵と騎士達は葡萄酒を一斉に飲み干した。飲み終わると全員が一斉に皿を地に落とし、それを踏んで割った。出陣である。


 午後2時。バグパイプの音と共に、二旅の軍勢がデュダを発つ。大将パトリシア・ヒンデマンは輿の上の椅子に座る。ぎょくで出来た威厳のある椅子であった。パトリシアはハイドラの時とは違い、その小さな体に合った牛の変わり兜を膝の上に乗せ、華美な鎧もまた威厳に満ちていた。


 輿を持つのは有望な若い戦士と、闘牛で最強の座を手に入れた牛である。牛はマリアベルにより『ナプ』と名付けられ、丘を意味した。勇猛な牛で、気に入らないことがあれば兵を噛んだが、パトリシアには懐いた。


 輿の脇、いとも美しい白馬に乗るのはマリアベル。これは将の1人として軍師を務める。リアンも従軍し、狙撃手として流動的に働く。場合によってはパトリシアを補佐する。ロック卿は軍の要で、将として働く。他騎士達にもそれぞれ役割が与えられた。


 軍勢、士気が高く、マリアベルには一切の憂いがない。リトル・キャロルに手紙は送れていないが、結局、輝聖ならば己らに合わせてくれると信じることにした。


 午後3時半。秘密裏に進軍していたホルスト伯爵領軍、キャザロ子爵領軍らと合流。電光石火の勢いで『一の城』コンチ城を目指す。兵達は『揚げ芋の歌』という伝統的な軍歌を歌い、それから『綿月には十八歳』という夜這いの猥歌を歌った。


 晴天。風速、20海里ノット。やや強風。北寄りの秋風。木々は激しく揺れ、雲の流れは早い。それぞれの領の旗が激しくはためく。


 後に今件は『鶺鴒一揆』あるいは『アルジャンナ進軍』と呼ばれ、神聖カレドニア王国と輝聖を巡る歴史において大きな転換点となった。盟主は白牛公パトリシア・ヒンデマンだと記録されるが、実際には水の聖女が深く関わっていた事が幾つかの文献に示されている。

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