06.戦闘

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 サマセットの目抜通りの食堂で、ライ麦パンとポタージュを食べている時だった。ふと、背後から噂話が聞こえてきた。


「地下闘技場の噂を知っているか?」


「ああ、とんでもなく強い女がいたってな。冒険者ギルドのお偉いさん方が来て、スカウトをかけようとしてるらしい」


 私はエールを一気に飲み干し、足早に店を出た。


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 本屋で菌糸に関する本を探っている時だった。軒先から、噂話が聞こえてきた。


「おい、聞いたか。例のゴブリンの巣、壊滅したらしいぞ」


「放浪魔術師の噂だろ? 宮廷を追われて、民間の仕事を受けて小銭を稼いでるんだとか」


 私は何も買わずに店を出た。


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 目抜通りを外れて、裏路地を歩く。


「おい、大変だぞ! 街に聖女がやってくる!」


「今、俺たちもその話をしてた所だ! ウィンフィールドに『水の聖女』だぜ! こんな田舎に、信じられるか⁉︎」


「一目だけでも見てぇなー。伝説の聖女、すっごい綺麗なんだろうなぁ」


 私はこの領を出ることに決めた。


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 杉のに集まっていた、森の動物達に別れを告げる。


「この辺りから出ようと思うんだ。悪目立ちが過ぎたな」


 鹿やウサギ、鳥たちが、ピタリと擦り寄ってきた。離れづらくなる反応をするなという意味を込めて、ウサギの尻をポンポン叩く。


 傷心の私を癒してくれていた礼と言ってはなんだが、最後に森を周って木々の根本に菌糸を仕込んだ。季節が巡れば、しばらくは食うものに困らなくなるだろう。どうか、熊に殺されただけの数が戻りますように。


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 その日のうちに森を出る。持ち物は、背負袋一つ。街で買った旅の外套クロークには、皮の財布。


 道に出て馬車を拾う。肉体労働特有の引き締まった体をした、気さくそうな金髪の若い馭者ぎょしゃが身を乗り出して言う。


「行き先は? マール領までなら連れて行くぞ」


 マール領とは、プライズ辺境伯領の隣だ。大きな港町がいくつかあるが、陸路に於いても王都との交易の中間となっている為、全体的に発展している領とも言える。所謂、都会だ。


「助かる。どこでも構わない」


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 移動して数時間が経ち、馬車がゆっくりと止まる。


「どうした?」


 止まったのは、山道だった。あたりは既に暗くなっていて、人の気配もない。風も、音もなく、しんと冷えた空気だけが漂っている。


 若い馭者が、たどたどしく言う。


「いや、それが……。参ったな……」


 馬車を降りてすぐに、停車した理由がわかった。前方に、ひっくり返って壊れた馬車がある。ランプを持って壊れた馬車に近寄ると、その灯りに使われている獣油の生臭さよりも強い血の匂いが、鼻についた。


「ひいっ……‼︎」


 私が慎重にを照らすと、後ろをついてきていた馭者が情けない声を上げた。


 兵士の格好をした男、2人が倒れている。


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 血まみれだが、息はあった。ただ、兵士2人の傷は深い。腹が抉られていて、内臓まで大きな傷がついている。


「だ、大丈夫かっ。もうすぐ家に帰れるからなっ。辛抱しろよっ」


 馭者が励ましながら、一生懸命に手当てをしているが、正直言ってこのままでは長くは持たないだろう。


 タバコに火をつけ、どうするべきか考える。


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 私は壊れた馬車から鍋を拝借して、水を入れて火にかける。


「おっ、おいおい、こんな時にヤニ吸いながら料理かよっ!」


「気にせずそのまま治療を続けてくれ」


 彼らの持ち物だった白ハーブなどの薬草を5種類と蜂蜜、あと馭者が運んでいた積荷にあったイッカクの角、牛の胆嚢たんのうを粉末にしたもの、なつめ、ナス、桃、その他諸々を入れ、魔力を込めて混ぜる。


「まさか……、ポーションを作ってるのか?」


「うん」


「材料とか分かってるのか? 呪文とか必要じゃ無いのか……?」


「いちいち覚えてられないだろ」


 イントネーションや息継ぎの場所、口の開け方、目線のやり方、術に対する拘りなど、様々な要因で効果が微妙に変わる"詠唱"は私の性に合わない。


 材料も成分さえ合ってれば問題はない。それに、頭の中で作り方をこうと決めてしまうと、怪我に合わせて臨機応変に作りにくい。


「お、お前さん何者だ?」


「旅人だよ」


 最後に光沢のあるキノコを入れる。回復効率の良いポーションを作るには、この霊芝まんねんたけがあると便利だ。成分に無駄がないし、他の素材と合わせた時に毒に転じることが少ない。


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 布で濾しながら、ポーションを飲ませる。


「本当に治るのかな……」


「あとはコイツらの日頃の行いが良かったかどうかだ」


 馭者にタバコを一本やる。


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 兵士の1人が目を覚まし、ボソボソと呟き始めた。


「仲間が……、もう1人仲間がいるんだ……。攫われた……」


 この馬車で一緒に移動していたを人質に取り、逃げたという事だろうか。


「と、盗賊が出たのか……?」


「いや、移送中の犯罪者だ……」


「どんなヤツなんだ……?」


 馭者を制止する。兵士を無理に喋らせる必要はない。


 私の考えを言う。


「恐らく、宮廷魔術を学んだ人間だ。身体強化系の魔術を使っている」


 宮廷魔術は身体強化バフが基本だ。王や王族の身体能力を底上げし、前戦で一騎当千の力を発揮させるのが、その役目だからだ。鬼神のように敵を薙ぎ倒す指導者の姿を見て、兵士たちは鼓舞される。


「そ、そうなの? どうして分かったんだ?」


「鎧ごとゴッソリ肉を抉り取ってるんだ。素でこんな馬鹿力な人間がいてたまるかよ」


 移送中の犯罪者ということは、もともと魔法を封じる何らかの術はかけていたのだろう。だが、そのかかりが悪かったか、もしくは術を解く『魔道具』を体内に隠し持っていたか。とにかく、移送担当のこの兵士たちはアンラッキーだった、ということだ。


「一つ、質問があるんだが……。その犯罪者は殺して良い? それとも生かしておくべきか?」


「……い、生きて罪を償う必要がある」


 了解だ。さて、どこに逃げたかな……。


「えっ? 行くの?」


「関わっちゃったんだ。ケリまでつけなきゃ、気持ち悪くて夜も眠れない」


■■


 山道から外れて、森に入る。追跡はそんなに難しくはなかった。なぜなら、何かを引き摺ったような跡があったからだ。タバコに火をつけ、跡を頼りに追う。


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 しばらく行くと、急に開けた場所に出た。青と紫の花が絨毯のように敷き詰められた花畑が、白い満月に照らされて磨かれた鉄のように鋭く輝いている。


「……誰だッ⁉︎」


 男が驚いて私を見る。目の下クマだらけの、ガリガリの中年オヤジだ。いかにも『魔術の勉強だけをしてきた』といった、陰気な印象を受ける。


 男は人質の腕を掴んでいる。その腕は折れているようだ。


 人質は女の子の兵士だった。私と同年代か、もしくは若いかもしれない。倒れていた男達と同じ装備をしている。月の光に照らされて輝く銀髪と、長いまつげが特徴的だ。


「で、その子を使って領と交渉するつもりだったのか?」


「──《冥界よりの使者は言う。禍つ神の息吹を濾した王が刃と成り、汝の身体を裂くであろう》」


 男は淡々と呪文を唱え始めた。何もない空間から歪みが生まれ、黒い槍のような刃がいくつも現れる。それは、こちらに向かって砲弾のようにギュンギュンと飛んできた。


 流石は宮廷魔術。当たればひとたまりもなさそうだ。それに、メソッド通りの綺麗な呪文の唱え方をしている。生かして連れ帰るには、骨が折れる。そう思った。


 私は走り、大きく周りこみながら避ける。刃が地面に突き刺さり、土と花が舞う。


 この呪文から別の呪文に繋げて畳み掛けるなら、ブレスを取らなくては息を吸わなくてはならない。チャンスがあるなら、そこだ。


 私は手を振り、勢い良く胞子を発生させた。


「──《天界は堕ちる。王の切り裂かれた身ッ、エフッ! ガフッ‼︎」


 男は、酔っ払いが吐き戻すようにして血を噴く。随分と思いっきり吸ったな。ヤツの肺の中は、カビで犯された。


「じゅっ、術が……っ‼︎ 使えない……っ! ガフッ‼︎」


「そういう事になるから、詠唱は良くないんだ。精密なのは認めるけどな」


 タバコに火をつける。


「……うおおああああああッ‼︎」


 男は人質を放って、私に向かってきた。魔法に拘らないところを見ると、身体強化の術はまだ生きているのかも知れない。素早い動きで間合いを詰めてくる。狙いは私の心臓だ。


 こういうのは防御をすると、衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、息もできなくなる。恐れずに覚悟を決めて向かっていき、のが正解だ。


 心臓目掛けて伸ばしてきた腕を、掴む。相手の力を利用して、ひねる。


「……ッ⁉︎」


 肩が外れる。今度は逆側にひねる。


「ぐあッ‼︎」


 肘が外れる。そして、喉仏を親指で押し上げる。


「ガフッ‼︎ ガフッ‼︎」


 男は倒れ、羽をもがれた虫のようにのたうち回っている。いくら身体強化しようとも、関節を外してしまえば無力化できる。


「──《黒っ、き、影……から這い出……》」


『血の呪い』をかけようとする気力があるようなので、拳で鼻を潰す。まともに呪いをかけられると、全身から血が吹き出すようになるのだが、こんな途切れ途切れの呪文では効力なんてないだろうに。そのネバーギブアップ精神は、もっと良い行いに使って欲しいものだ。


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 倒れている女の子に近寄る。


「少し吸ってしまったのですが、大丈夫でしょうか……?」


「ん? ああ。さっきの胞子か。術の発動はコントロール出来るから、問題ないよ。明日には体の外に出る」


 しゃがみ、女の子の傷を見る。右腕が折れていて、他にもいくつか傷を負っているが、倒れていた兵士達ほどではない。が、すぐに動けるレベルでもない。


「どこに移送するつもりだったんだ?」


「……ウィンフィールドです」


 ウィンフィールドは、プライズ辺境伯領で最大の街だ。山間に位置しており、古くから貿易の拠点として栄えている。噂によると、そこに『水の聖女』が向かっているとされるが……。


「こんな事を頼むのは情けないのですが、ウィンフィールドまで我々を連れて行ってはもらえないでしょうか……」


 やれやれ、ババを引いたな……。

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