05.水の聖女
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リトル・キャロルと同室だったマリアベル・デミは、大層喜んでいた。
「すごーい、全部私の部屋になった!」
足取り軽く、ベッドに飛び込む。部屋が広くなって嬉しい。本当は光の聖女が良かったが、聖女になれた事が嬉しい。何より、目障りなリトル・キャロルがいなくなって嬉しかった。
「良かった。神官達に『あんな
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マリアベルは部屋に残ったキャロルの私物を袋に放る。捨てるのだ。放る毎に胸の中がスッと軽くなり、実に爽快だった。
「私が貧民の子と仲良しになれるわけないよね」
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たとえキャロルが貧民の出でも、マリアベルには友達の
それは、キャロルが困った人間を見捨てられないような子だったからである。
少し甘えたフリをするだけで、何でもやってくれた。魔術の研究も、"こんな風に出来ないか?"と相談を持ち掛ければ、キャロルが方法を考え、手伝ってくれた。戦術の実践も不安がっていれば、対戦相手の他生徒の癖や弱点を教えてくれた。
マリアベルが充実した学園生活を送るにあたって、リトル・キャロルは実に便利な
しかし、もう自分は聖女である。
リトル・キャロルは聖女ではない。
はっきり言って用無しだ。無理にこれ以上、嫌々ながら貧民と付き合うこともないのだ。
己は学園で勉学をこなし、聖女の力を宿した。何を恐れる事があろうものか。
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マリアベルは学園の庭園で、袋に詰め込んだキャロルの私物に火をつける。
「もしかして、貧民だから奴隷としての才能があったのかもしれないね……」
マリアベルは闇の中で揺らぐ火を見つめる。紅に染まるその顔は、まるで火遊びを楽しむ子供のように無邪気でありつつ、底知れない冷酷さを含んだ妖艶な笑みであった。
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白昼の残月が城を見下ろす、美しき今日。
聖女達は王に謁見した。
「ワシは、この世界を聖女に委ねるしかないと思っておる……」
金と赤の色が眩しい謁見室。絹のような長く白い髭と、苦労を塗り重ねたかのように熟し終えた顔の王『アルベルト2世』の、覇気も抑揚もない声だけが響く。聖女たちは膝を立て、頭を下げ、王の話を聞いている。
「どうか、魔物達をこの世界から消し去って欲しい。瘴気の壁を祓い、民が怯えることなく過ごせる世界を作ってほしい」
金の
「壁へと進軍できる部隊が整うまで、しばし、今苦しんでいる民達を助けてもらいたい」
王はまだ話を続けようとしているが、マリアベルは唐突に立ち上がった。そして、王を真っ直ぐに見据えてこう言う。
「お任せください。私が……、マリアベル・デミが必ず成し遂げて見せます」
他の聖女達は、目を見開いてギョッとしてしまった。立ち上がるなど、王の面前で無礼である。
「しかし、この過酷な運命を私に課すなら私とデミ家に相応の地位をお約束くださいますよう、お願い申し上げます」
そのマリアベルの大きな主張に反して、口調は非常に和やかであった。まるで親しい目上の人間にいう
マリアベルは思ったのだ。迫る瘴気に怯えるこの世界の、威厳を失った老いぼれの王であれば、無礼が通ると。それを通させるのが、伝説の聖女という立場なのだと。
火の聖女、ニスモ・フランベルジュは冷や汗を垂らして、心の中でつぶやく。
(──完全に調子に乗っている)
マリアベルは、本来スタンドプレイなど行う生徒ではない。いつもリトル・キャロルの後ろに隠れていて、自ら行動をする事などは稀であった。
「わかった。出来ることがあるなら、何でも協力しよう」
王はただ優しく笑って、そう答えた。
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4人の聖女達は、それぞれ『封印の獣』の術強化の
火の聖女は『
通常、封印の強化は宮廷魔術師が5人で三日三晩行う。覚醒前の聖女達で、1人24時間。覚醒後であれば1人1時間で事足りると、学園側は試算した。
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『封印の獣』とは、封印された災厄である。
はるか昔、宮廷魔術師達は各所で暴れていた強力な魔物を封印した。本来なら倒してしまうのが一番だが、力及ばず、それが出来なかったのだ。
封印が眠る場所は聖地とされ、人々は災厄を抑えつけた術を神聖なものと讃えた。その形は様々で、聖地として誰も踏み入らないようにしている禁忌の場所もあれば、封印の上に聖堂を建てて祈れるようにした場所もある。
例えば、マリアベルの向かう『風を食む雄牛』が眠るのは、プライズ辺境伯領ウィンフィールドにある、
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世界には『封印の獣』が数多ある。聖地で仕事を終えた後は、その次の聖地へ赴く。瘴気の壁へ旅立つまで、聖女達の巡礼は続く。
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正教会主導の巡礼に際する式典を終え、マリアベルを包する第二聖女隊はプライズ辺境伯領に向かう。
隊は以下で構成された。
・水の聖女"マリアベル・デミ"
・正教軍中尉1名
・正教軍下士官1名
・正教軍兵士8名
・伝令兵1名
なお特例により、同じ学園に通う神聖カレドニア王国第三王子の"リアン"も、巡礼に参加する事となった。
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ビロードを多くあしらった馬車の中から、マリアベルは外を見る。王都の広い街道に、多くの民たちが聖女の姿を一目見ようと押し寄せている。
「聖女様、お姿を!」
「世界をお救いください!」
「なんて美しいお方なんだ……!」
その民衆たちの目は希望に輝き、声は軽やかに浮き立っていた。
「すごい……。みんな、私を応援してくれている……」
マリアベルは窓から目を離し、正面に座るリアンに微笑みかけた。
リアンは不意に微笑みかけられたことで、美しい黄金の髪を揺らして小さく驚いた。そして、王族の証である神秘的な、淡く青いその目を細めて微笑み返す。リアンという
マリアベルはその微笑みに、思わず頬を赤らめた。
「でも、リアン様にとっては大変ですよね……。私の巡礼に付き合わされるなんて」
恥じらいを隠すために話題を探して、わざとに自分を下げる。これで、相手の出方を伺うのだ。
「いえ、聖女様にお仕え出来るのは光栄です。出来る限りの事をやらせていただきます」
「え?」
マリアベルは思った。王族が。王族が自分に敬語を使っている。自分はこんなにも身分が上となったのか!
(──それもそうよね、神様に愛されてるんだから。私は本当に聖女になったんだ)
その確かな感覚に喜びを覚える。上だと思っていた者の、その態度に快感すら覚える。そしてマリアベルは前のめりになって、一方的に話を始めた。
「であれば、常に私のそばにいて下さい。私が困ったら、一生懸命助けなきゃいけないし、私が危険な目にあったら命を張って守らなきゃいけないし、私の言う事は何でも聞かなきゃいけないのです。いい?」
リアンは頷いた。いや、こうズイズイと来られては頷かざるを得ないのだ。
「え、ええ。もちろんです。命をかけて、お守──」
ここで隣に座る猫背の騎士、正教軍中尉『ジャック・ターナー』が、遮るように言葉を発した。
「あーー……、聖女様。しっかり、お頼みします。我々の未来は聖女様に委ねられておりますので……。ね?」
例え相手が聖女であろうと、王子に"命をかけてお守りする"など、言わせられる訳がない。
「……ええ、分かっています。案ずる事はありません。私のやるべき事はよく分かっているつもりです」
ターナーはボサボサの黒髪を掻きながら、小さくため息をつく。この聖女は本当に分かっているのだろうかと。
(まあ神が選んだのならば、間違いはないだろう……)
口には出さず、飲み込む。
「私はこの巡礼で、聖女の威光を世界に轟かせる……」
マリアベルはそう言ってちらりと、外を見た。街道の民達は、みな笑顔である。
「誰が聖女の威光を受けるに値する人なのかを、ちゃんと見極めなきゃ……」
その呟いた声は、馬車内の誰の耳にも届かなかった。
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