第7話樹海にて〜中編
山頂を登った所に、複数の宿がある。そこは、宿泊村と呼ばれる所だ。
「いらっしゃいませ。」
テレビを見てたであろう小柄の女将がバタバタと音を立てながらこちらに来る。
「14時に予約したものです。」
それを聞いた店主は「お待ちしておりました。」と一礼をして二階の部屋に案内してもらう。二階の部屋は畳六畳ほどの和室で、テレビと湯沸かしポット、布団しか無かった。ちなみに、ここは樹海の隣りにあるためか携帯は圏外となる。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
女将がいなくなるやいなや俺は地べたへ座り込む。
「悪い。説明を後回しにして。」
「まぁ、キミが忘れてなかったから、ギリ許す。」
少しムスッとした顔で青い目を光らせてたヤタガラスだが、なんとか機嫌は取れたようだ。
「それじゃあ、あの瞬間、何があったか話す。」
俺は、ヤタガラスにあの時見たものを話す。赤い世界、カラスの群れ、手のようなツタのことを。
彼女は真剣な顔をしながら腕を組み、俺の話に時々相槌を打ちながら話を聞く。
話を終えた時、大きくため息を吐く。
「樹海に行く二日前になにか樹海の動画を観たかい?」
「樹海の近くにある宿の動画を見た。」
「なるほど、その時からか。」
頭を抱えながら何処かめんどくさそうに彼女はボヤく。
「キミは、樹海に行く前、頑なに樹海に行きたいと言っていた。」
「ああ。あの時はどうして自殺するか知りたかったからだ。」
「・・・・いつもの変なことかと思ったが、その時から警戒するべきだった。」
自分に対しての戒めのように低く唸る。
「どういうことだ?」
「普段の言動から考えれば分かることだ。キミは『ブログの為に』と言って行動するだろ?」
そうだ。俺は、ブログのネタになると思って旅を行い、そこであったことやグルメを書いて・・・・・・ブログの為・・・・自殺?何処に関連性がある?死体の写真を載せる不謹慎極まりないことをする気だったのか?思い返してみれば、おかしい。おかしすぎる。
「そういうことか!」
ハッとした顔をヤタガラスに向ける。
「わかったかい?」
「あぁ。ブログの事ではなく、自殺の理由を知りたいと思って行動してたことが不可思議って言いたいんだろ?」
俺の問への答えにクチバシを歪ませたようにニヤッと口角を上げる。
「良かったよ。キミが答えを出せないバカだったら樹海に置いてきたほうが良かったと思ってたよ。」
片方の口角をニャッと上げヤタガラスを小馬鹿にするようにフッと笑う。
「俺はそんな馬鹿じゃねぇよ。」
「招かれてた時点で人のこと人のことは笑えないよ。」
うっ!こいつ、毎回痛い所を突いてくる。
「で?俺は、いつのタイミングから招かれたんだ。」
さっきと打って変わって真剣なトーンで「恐らく」と切り出す。
「キミが樹海に興味を持ったときからだ。だいたい、いつぐらいのタイミングから樹海に行きたいと思ったんだい?」
いつぐらい、そう言えば、どのタイミングからだ?俺が・・・・興味を持ったのは・・・・あそこら辺かな?
「恐らく、1年前に見た動画からだと思う。『樹海に落ちてた不思議なビデオ。』だったはず。そこから興味が湧いた気がする。」
「恐らく、その映像を媒体に、樹海にいる存在はキミに目星をつけた。そして、キミが興味を持ち、樹海に来るように招いてたんだ。」
「まじかよ。」
正直、今の言葉を聞いて怖いとかじゃなくて、相手の気長さに戦慄を覚えた。
「あの動画、もう二年前ほどの動画だよ。そんな長い時間来るか来ないかの人間を待てるのかよ。」
「キミからしたら長いかもしれないが、あそこにいる連中からしたら数千年、数百年生きてる存在。二年なんて短いものだよ。」
「草木が変わってもう二年ってぐらいな感じか?」
「まぁ、そんな感じだ。」
まぁ、相手の思惑は分かった。とは言えー
「あそこにいるのはなんなんだ?」
「あそこには、大呪縛霊がいる。」
大呪縛霊・・・・確か、この間説明したやつ。
「確か、禁足地的なやつ。」
「あぁ。しかも、この間あった花ちゃんとは違い、本物だ。心の弱い人を巻き込み、魂を喰らいゴキブリのように増殖し、禁足地を作る。だから、あそこは入ってはいけない場所なんだ。」
「そんな力があったとはな。」
俺は、無意識的にポケット付近を触る。理由はない。恐らく、旅で身につけた癖だろう。
「あれ?」
「どうしたんだい?」
「無いんだ。」
「え?」
「財布が、ない!!」
俺は一気に血の気が引く。まさか、さっきの落としたもの、財布だったのなら、大問題だ。
「ヤベェ!戻らないと!!」
「ひろき!」
ヤタガラスは叫んで足を止めさせる。
「いいのか?あそこに戻るんだよ?あの死ぬ思いをした場所に。」
ヤタガラスの不安はごもっともだ。先程死にそうになった所、普通に考えれば行かないところだ。だが、もしここで行かなければー
「もし、ここで向かわなければ、俺の財布は?」
「・・・盗られる可能性はある。」
「だよな。だったら!!」
俺は、部屋の扉に手をかける。
「確かに、次会ったら、死ぬかもしれないが、財布が優先だ。」
真剣な眼差しをヤタガラスへ向ける。
「どうしてだい?」
「クレカ!!」
「え?」
「あの中には、キャッシュカードとクレカが入っている。だからこそ、引けない!ここで引けたら男として(社会的)プライドがヤバいんだよ!!」
「じゃあ、戻るのかい?あの森に。」
思い返した時、鳥肌が立つ。あそこへの恐怖への思いで、それが蘇る。あの時の、境界を越えた恐怖心、あのツタの存在。思い返してみたら震えるほど、だが!!
「クレカを他人に利用されて限度額ギリギリまでつかわれるよりましだ!!」
俺の必死の形相の叫びが通じたのか、彼女はまた、ため息を吐く。
「クレカや現金がなければ生活できないし・・・・分かった。ボクは止めないよ。」
どことなく諦めたお母さんのような生暖かい眼差しをこちらに向け、ヤタガラスも共に玄関へ向かう。
☆☆☆☆
車を止める頃にはすっかりと日が暮れ、土砂降りの雨がザー、ザーと音を立てて降り注いでいた。
「まじかよ。」
「これは、早めに見つけないと中のお札も使い物にならなくなるね。」
俺達はさっき離れたところから少し離れて車を置く。深い意味はないが、なんとなくさっきの樹海の近くは嫌だ思って10メートルほど離れた所に車を止める。
「もしかしたら、盗まれてるかもしれないね。」
「そいつは勘弁だ。」
月夜も見えない真っ暗な地面をスマホのライトで照らした時、自分の長財布を見つけた。
「あった!」
その端には細い、手が財布を掴んでた。
「っ!?」
手を辿って顔まで照らしてみると、そこにはピンク髪の透き通るように綺麗なロングヘアーで顔立ちが整った胸がCカップほどの女性が傘をささずしゃがんで財布を取ろうとしてた。
「あっ、ええっと。」
こう言うときになんていうのがいいんだ?「取ってくださり、ありがとうございます!」なのか?それとも「もしかして、盗むつもりですか?」なんて言うのが正解なのか?クソっ!つまらない理由でテンパって言葉が浮かばねぇ!
「あの、貴方のお財布ですか?」
下を向いてた彼女は、弱々しい声で俺を見つめる。
「・・・・・」
彼女の目を見て言葉を失う。彼女の目は意気消沈して、水色の瞳には光がなく、笑顔も無理やり作っているようだった。
「・・・・・どうか、しましたか?」
彼女が首を傾けてきいてきたことに「あ、いえ。」と短く切って笑顔を作る。正直、彼女の顔を見てると辛い。一年前の自分もあんな目をしてた頃があったからだ。最近になって、元の光がある目に戻ったが、
「お顔が綺麗だったので、見惚れてしまいました。それ、自分のです。」
「そうてすか、それは良かったです。」
黒い服、白いスカートが雨で濡れ、小さい黒いリュックを背負って森の中へと進んでいく。
「ヤタガラス、あの子ー」
「森で死ぬ気だろう。」
そうだろうな。あんな目をしてる人間は病んでる奴だ。
「だが、君には関係ないことだ。彼女が死のうが生きようが、君の人生に影響はない。」
そうだ、ここで見捨てても良い。またあそこで怖い思いをしなくてもいい。今から背中を向けて足を進めれば良いんだ。
俺は、背中を向けて、一歩踏み出す。
「イタイヨォー!!オカアサン!!」
脳裏に現れた映像は、花ちゃんだ。
「モウイイヨ。」
あの子は、俺たちの前で絶望して死んだ。
「ひろき?」
また見捨てるのか?あの子のときは何も出来ず、声をかけることも、止めることも出来ずに死を見届けることしか出来なかった。アレをまたするのか?
「どうしたんだい?振り返って。」
また逃げるのか?眼の前で苦しんでる人を見捨て、助けないで、嫌なことから逃げて、知らん顔するのか?
「森に行くきか?」
「・・・・ない。」
「ない?」
「このまま、目の前で死のうとしてる人を!何も知らないで!!逃げて言い訳ねぇだろ!!」
俺は走る!森に向かって走っていく!!周りのことなんてどうでもいい!境界なんてどうでもいい!!もう嫌なんだ!逃げることも!何も出来ないことも!うんざりだ!!!あんなどうしようもない残酷な
「俺は!!!目の前の人を見捨てず!!!救いたい!!」
「やれやれ!それが君の答えか!!」
ヤタガラスが苛立ちながらも声を上げるが、何処にいるかも、何をされるかも知ったことではない!!花ちゃんの時、手を伸ばすことも!なにかすることも出来なかった!保育士を目指した人間が、子どもを見捨てた!今の俺には福祉も子どもの未来のこととかも!もう一度資格を取り直して先生になる資格なんてもうねぇ! だけど!だけど!!
それが!!!!
人を助けない理由に!!!
なる訳ねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
ガシッ!
「えっ!?」
俺は、彼女に追いついて手を掴む。
「何、してるんですか?」
俺の唐突な行動に彼女は困惑しながら質問する。
その問いに対して一息ついて質問を返す。
「キミは、ここで自殺する気かい?」
「はい。そのつもりです。」
彼女は、一ミリの迷いもなく俺に返答をする。
「だったら、一つ良いかい?」
俺は、掴んだ手を少し強く握りしめ、彼女の目を射抜くように真っ直ぐ見つめる。
「どうせ、明日でも今日でも死ぬタイミングは変わらない。だったら、少し俺と話をしないかい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます