嘘つきの旅

@hirokino123421

第1話救われた男の始まり

 意識が覚醒する。


「痛っツたた」


 後頭部に今まで感じたことの無いような痛みと全身に吐き気を覚えるような倦怠感を感じる。


「目が覚めましたか?」


 その声で痛みを忘れて我に帰る。周りは質素なマンションの一室、風に吹かれて透明なカーテンがなびく。


「声が出ないとは、相当驚かれているようですね。」


 声がする方を振り向くとそこには光で綺麗に輝くほど美しい灰色の髪で目が空のように青い女性がいた。


「あなたを助けたのはそうー」


 え、なに?女性の部屋、童貞卒業ってこと!?


「あ、それはないですので安心してください。」


 心を読んだかの彼女の発言に心臓付近が冷えていくのを感じた。


「あなたが驚くのは・・・・無理もありませんね。飲みすぎて記憶が無さそうですし。」

 深いため息を吐いてから大きい胸に手を当て明るく話す。


「私の名前は灰咲 玲奈。ただの旅人です。」


 脳の理解が追いつかない。え?何、この展開、どういうこと?


「あの〜、大丈夫ですか?」

 目の前にいる彼女が人差し指を振ってこちらに合図する。


「ええっと、正直そうとは言えません。昨日何があったのか思い出せませんし、ここがどこなのか、それと、あなたとの面識は?」


 彼女は顎に手を当て、数秒考えた素振りをしてから目の焦点をこちらに向ける。


「まずですね、あなたは昨日私に会った時は吐いてました。」


「そこは朧げに覚えてます。他の人はいなかったですか?」


 そう、昨日は仕事の人達と飲みに行ってたんだ。しかも、嫌いな焼酎ベースをいっぱい飲まされて記憶が飛んだんだ。


「ええ。付き添っている人はいなかったですよ。」


「え、まじですか!?」


「まじです。」


 彼女は問いに対して笑顔で答える。なんてことだ、多分、クレカを無くして探してたんだよな?確か支払いは自分持ちだよな。どうなったんだよ!そこら辺は   うん、思い出したり、追求したら肝っ玉が冷える想いするから目を背けよう。


「それで、貴方は自分を助けてくれたのですか?」


「そう!その通りです!!」


 彼女は目を光らせて手を合わせながら、意気揚々に答える。


「ん?待ってください」


 自分の頭の中に現れた疑問を口にする。


「この痛みはなんですか?」


 それを口にした途端、彼女はバツが悪いような顔をする。どうやら裏がありそうだ。


「さ、さあ、なんですかね?」


 あ、何か隠している感じか。それならば!!


「この痛みってもしかして、貴方が行いました?」


 それを言われた途端彼女はビクッと身体をこわばらせた。


「そ、そんんんなことはないですよ。貴方の顔を殴っていき良い良く倒れて気を失ったって事はありませんよ。」


 彼女は言い終えた刹那に「あっ」と小さく溢し、目を丸くする。


「ええっと、どうしてそうなったんですか?」


 俺は優しく、包み込むように語り掛ける。すると彼女は丸くしていた目の眉を下げる。

「逃げないのですか?」


「え?」


「私は、貴方を殴って気を失わせたんですよ。犯罪沙汰ですよ。」


 彼女はとても心配そうに言うが・・・まあ、言われてみたらそうだ。だけど・・・

「事態を知らないで警察に説明できませんよ。」


「そ、それはそうですよね。」


 少し安心したかのように吐息交じりに言葉を紡ぐ。

 紡いだあとは咳払いをしながらこちらを水色の眼差しで見つめる。


「私が、貴方と会ったのは、吐いてる時です。」


「それは聞きました。」


「背中をさすった後に、貴方は私に抱きついて来ました。」


「ん?」


「それで、私は突き飛ばして不審者と思い殴ったら、頭を打って気を失いました。」


 それを聞いた時、言葉が出なかった。なぜ、彼女に抱きついたのか、そして、彼女は殴った自分をここに運んだのか。


「ええっと、どうして運んだのですか?」


 混乱している脳に無理やり指令を送る。


「その・・・私も反射的に殴ってしまったので、このまま行くと警察沙汰になりますと、私が悪くなります。いっそ揉み消すため運びました。」


 彼女は何処か黒いものを抱えたような笑みをむける。


「それ、始末されません?」


「ええ。命が欲しいのであれば、ね?」


 彼女の問いに対して大きくため息を吐く。


「そんなしょうもない事、言いませんし、正当防衛じゃないですか?」


「そうかも知れませんが、言い方次第では犯罪です。現代はどんなことでも犯罪になります。それは捉え方の問題ではないでしょうか?」


「捉え方次第・・・ですか。」


 自分を皮肉ったかのような笑みを向けながら口をひらく


「自分が一人で心配されないのも捉え方の問題で自分のせいにされるのですかね?」


 その問いにに少しの沈黙が発生したのちに彼女が口を開く


「あの、どうしてあの夜、貴方は一人でいたんですか?」



 「」か、一番答えたくない単語だ。けれどー


「・・・・・・」


 真剣に、どんなことでも受け入れようと覚悟してるような青い眼差しに、嘘をついてはいけない気がする。もしここで嘘をついたら、全部失う気がする。それに


「たぶん見捨てられたんでしょう。」


「ハハっ」と小さく乾いた笑いを最後に添えて彼女へ打ち明ける。彼女の青い目は 大きく、そして、事を受け入れられない様に目を丸く据える


「見捨てられた?」


「ええ。アイツらは金目当てできたんです。」


 吐き捨てるように、自分をバカにする様に口にする。


「そんなことがある訳無いですよ。きっと何かの手違いでー」

「俺の消えた金額なんですが、30万円ぐらいあります。」

「え?」

『大体30万円、これで手違いと言えますか?」

「・・・・・あり得ませんね。」


 そう、これが答えだ。自分は、都合のいい様に利用された。


「自分は他人に利用されっぱなしなんですよ。今までも」


「今まで?」


 彼女の言葉に自分は吐き捨てる様にいう。


「そうですよ!家族は自分のことをバカにした!!障害をもってるにも関わらず!!」


 そう、自分は中度のADHDと中度とはいかないぐらいのアスベルガーを持っている。それでも家族は「出来損ない」とか「バカな奴」と自分を認めてくれない。


「しかも!!自分は他人より出来ないにも関わらず助けてくれない!!」


 そうさ、誰も自分の事を助けてくれない。「期待してる」とか、「頑張れ」なんて言われても本気で困ってる時は「甘えるな」の一言で斬られる。見捨てられる


「そんな事を言う奴らに結果的にいい様に利用されてる。障害をもった人間らしい末路ですよ!!」


 そうさ、普通の人間にいい様にこき使われる。これが末路オチにしてふさわしい。

 一通り吐き出し終えたが、彼女は一言も言わずに丸くしていた目を真剣な眼差しに戻していた。何も離さないで聞いてくれるのは嬉しい。こんな事、親とかは聞いて途中で否定してたから。黙って聞いてもらえるだけでも良い。


「こんな自分死んだ方が良いですよね。」


 段々と自分の立場を考える思考が復活した時、一粒の涙を真っ先に出てきた言葉がこれだ。

 生きてる意味もこれから生きる意味も分からなくなっている。だからいっそー


「それは違いますよ。」


 その言葉に振り向いた時彼女は自分を抱きしめていた。


「まずは、落ち着いて下さい。貴方の敵は何処にもいませんから。」


 その言葉に、自分の胸の中は段々安らいでく。何処か張り詰めいていたものが溶けていく事を感じる。


「今の話的に、貴方は他の人とできることは違います。ですが、貴方と言う人間そのものを否定するのは違います。」


 彼女は優しく、耳元で告げる。


「嫌なら逃げても構いません。貴方が抱え込んで死ぬぐらいなら、全部放り投げてやりたい事を行うべきです。」


 彼女の言葉はとても綺麗で胸の中に入ってくる。やりたい事・・・・それの答えは自分の中にあった。と言うか社会に出て仕事をやり始めてから考えていた事。それは


「・・・・日本を旅したい。旅をしてブログの記事にしたい。」

 その言葉話聞いて彼女は自分から離れる。そして、灰色の髪を靡かせて嬉しそうな表情を向ける。


「良いでは無いですか。旅行記を書くの。私も今旅を行っているのでアドバイスも出来ますよ。」

 待て、なんか今さらっとすごいこと言ってないか?


「すみません、今、旅してると言ってませんでした?」


「?ええ。日本を旅してますよ。」


 ならば、きっと今がチャンスだ。自分は座ったまま地面に手を付け頭を下げる。


「お願いします!!旅に何が必要なのか!教えて下さい!!」

 そんな自分のお願いに彼女は最初は慌てて顔を上げる様に告げたが、中々顔を挙げない自分を見て観念して手を差し出す。


「分かりました。急ぐ旅ではありませんので。」


「玲奈さん!!」


「ただし、ここに来てもらう事、時には車を出してもらっても良いですか?私は徒歩で旅をしてますので。」


「はい!!」


 それから2ヶ月ぐらい経ったかな?玲奈さんからは旅に大事な心構えも教えてもらった。準備に必要なことも教えて貰った。会社も辞めて残すは出発まで来た。


「今日がその日ですよね?」


「はい!!」

 

 自分は準備を済ましたハイゼットカーゴ(車の名前)を玲奈さんに見せる初見の彼女はその色を見て「アハハ」と苦笑いをしていた。なんとなく理由もわかる。


「その・・・苦笑いの理由も分かります。うんこに・・・・」


「い、いえ!!良い色だと思いますよ。良い色!!というかこの色に納得してないんですか!?自分で選んどいて!?」


 それを言われると耳が痛いが・・・俺は開けるのが重い口を尖らせながら口を開く。


「色は・・・・選択権なしで親戚にもらいまいた。」


「・・・・・・旅、頑張りましょう。」


 彼女は憐れむ様な目をしながら笑顔を向けて来る。その笑顔がどれだけ俺の心を抉ったか、心の中に留めておこう。


「ええ。」


 俺は恩師である彼女に悟られないよういつも通り口角をあげ声のトーンをワントーン上げ答える。


「とは言え、色以外は大丈夫そうですね。」


 車の中から外までを吟味するように見渡しながら彼女は答える。


「ハイゼットカーゴはしっかり手入れされているものでしたら長く持ちます。中にあるのも・・・ぱっと見ですが不必要なものはありませんね。」


 彼女は安心である意思を笑みで表現する。とても可愛らしくて、美しい。絵画や彫刻の笑みよりかも柔らかく、美しく、その笑みを永遠に見ていたいと思えるほど心を奪われた。


「あっ、駄目ですよ。私に見惚れていると」


 彼女は腰に手を当て顔を近づけて覗き込む。俺はつかさず目を逸らし耳が熱くなるのを感じた。


「わ、わかってます。『お酒と女には呑まれるな』ですよね」


「私はそれが心配ですけどね」


「大丈夫ですよ!!」


 と、小話をしているともうすぐ朝の8時ぐらいになるのを近くにあった電子時計の看板で確認する。


「さて、そろそろお時間ですね。」


「時間的にヤバいんですよね。」


「ええ。そろそろ向かわないと宿に間に合いません。」


「確か、玲奈さんは静岡県が次の目的地でしたっけ?」


「はい!確か、高山からスタートするんですよね?」


 俺は彼女の問いに無言で頷く。


「でしたら、このまま進めば巡り合えるかもしれませんね」


 玲奈さんの言葉に俺は笑みを溢してしまう。


「もし、また会えましたら、何を見たのか話しましょう!!」


「そうですね。」


 そのやり取りを終えてから、車のエンジンを掛ける。


「それでは。ええっと」


「ひろき。今は木野 ひろきです。」


「そうですか・・・それでは、ひろき、ご武運を」


 お互いすれ違う様に反対の日を歩み出す。そして、角を曲った時彼女の姿が消える。


「玲奈さん・・・・」


 俺は寂しい子犬の様に呟いてしまう。


「師とのお別れは寂しいかい」


 助手席から小学生ぐらいの声が聞こえてくる。信号が赤になった時隣を見る。


「ヤタガラス、なんの様だ?」


 そこにいたのは、10歳ぐらいの金髪の青い目をした少女が黒いドレスを着て肘窓について外を退屈そうに眺める。


「この旅が君の選択かい?」


 彼女の言葉に、俺は自信ありげに答える。


「ああ、この選択に後悔はないさ!!」


 俺の言葉に彼女は口角をにんまりと上げる。


「では、その選択に悔いがないように・・・木野」


「お前が木野呼びは色々とヤバいと思う!!」


 このヤタガラスに関しては、またおいおい話をしよう。


「じゃあ、改めて・・・その選択に悔いがない様に。ひろき」


「そうなる様に頑張るさ。」


 そうして車は緑が生い茂る山へと走らせる。

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2024年10月5日 18:00

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