第18話 アステリアで探す

 魔術都市アステリアは、魔術大陸の中で科学の存在が明らかになったころに興された新興都市であった。


 組み上げられた古代魔術の伝統と最新式の現代魔術の粋を結集させた、前衛的な街であった。科学大陸との距離が近かったためか、その融合には魔術だけでなく科学も含まれていた。見たこともない科学と魔術の融合に数多くの若者がトレンドを求めて移住し、数年もたたないうちに魔術大陸有数の大都市となった。ショッピングモールや図書館など多くの公共施設が建てられ、科学技術が詰められた高層ビルも次々建設された。街中では、箒や飛行魔術のほか、自動車やバイクでの移動も認められた。住人は、スマートフォンを片手に杖の装飾に悩み、電光掲示板の前を使い魔と散歩し、ガスが切れたコンロに電気魔術を送り、エレベーターの中で魔術陣を組む、まさに魔術と科学が融合した生活を送っていた。科学大陸からも大量の旅行者が来訪し、交流と共にそのまま居住した例も存在した。建国100年を記念した紅月グレニモが宇宙に打ち上げられて数年後、魔術側と科学側に大きな亀裂が入り戦争が勃発。科学大陸とほど近いアステリアは緩衝地帯となった。


 ――現在、この世界では面影をわずかに残す近代的廃墟群と成り果ててしまった。


「ここにも建物が残ってんな……」


 スミレとジェシーを降ろしたエタは、自身の十数倍はあろう高層ビルを見上げていた。


 おそらく当時はもっと高かったのだろう。ガラス窓はことごとく割れて、鉄の骨組みがむき出しになっている。風が吹き抜けていくのが感じられる。


「なあ、これはどういう理屈で建ってんだ?」


「どういう理屈でしょう?」


 エタからスミレを通してジェシーに疑問が投げられる。


「ええッとね、あんまり科学の理論? みたいなのは分からないけど、例えばあっちの建物なら」


 二人はジェシーの指さす方向を見つめる。


 先の高層ビルとは対照的なこじんまりとした家の残骸。当時は青い屋根が尖塔状に尖っていて、白色のタイルで塗り固められた窓のある戸建てだっただろうか。


「家を作る”材料”を用意して、”魔術”で組み立てて、”妖精”に形を維持していただくの。土魔法が定石セオリーね」


「……ですって」


 科学や魔術の存在を知った今、妖精程度では驚かなくなってしまった。


「じゃあ崩れてんのは、その妖精がいないからか?」


「うん。魔術はあくまで家を組み立てるだけ。妖精がいなくなると建造物そういうものは壊れちゃうんだ」


妖精それは見えんのか?」


「少なくとも今の私は見えていないよ。それが死んじゃった所為か、この世界の所為かは分かんない。訓練無しで見える人は魔術の素質があるって、先生が言っていたよ」


 エタはスミレに目を遣る。首を横にふるふると動かしていた。


「まだ分かんねえことが多いな……次だ。この世界に妖精がいるとどうすれば手なずけられる?」


「妖精にも種類があってね。そこ辺りをうろうろしている野生の妖精が大半で、彼女たちは食べ物をあげればお願いを聞いてくれるはず。人口の妖精クナフニーは契約者以外の命令は絶対に聞いてくれない。あっ、彼女たちを使うのに魔術は必要ないよ」


「なるほどな……」


「……閃きました?」


「ああ。ジェシーヤツの言うラブレターを見つけ出す方法が分かった、がその前に飯だ」


「走って疲れたちゃいました?」


「違ぇわ。とにかく作んぞ」


「……いいなあ」


 ぽつりジェシーがこぼす。


「何か言いました?」


「ううん、何も」


 そう言ってスミレとエタはせっせとおむすびの準備に取り掛かる。


「火の実は使わないんですか?」


 初めて米を食べたときに使った木の実である。


「桜と戦ってるときに割れた」


「地面が黒かったのはその所為ですか」


 竹の釜を作り、地道に火をおこす。きりもみ式。


「薪採ってきたよ」


「ありがとうございます」


 微かな火種に空気を送り、一つの火を作る。その火を絶やさぬように薪をくべる。


「川まで遠い……」


「お疲れ様です」


 水を汲み、火にかけ米をご飯にする。


「はい。できました」


 巖咲で何度もやってきた工程は手慣れたものである。


「相変わらずうまそーだな」


「この世界で米が食べられるなんて……! いいなあ」


 ジェシーも感激している。とれたてではないにしろ、美味いものは美味い。


「でもなんで今食べるんですか。ラブレターを見つけ出すんじゃ」


「これも作戦のうちだ。全部食うなよ」


 残ったおむすびをスミレに持たせた。


「……何するんです?」


「ジェシーの話によると妖精はこのあたりにいるらしい」


「手なずける話ですか? 私もエタもジェシーも見えないのにどうやって――」


「見えねえだけだ。確かに存在するなら、その声を聞けばいい」


「!!」


「話を聞くのは得意なんだろ?」


「……やって見せましょう」


 かくしてスミレは奮い立って、自信満々におむすびを持った。陰から見守る二人は神妙な面持ちをしていた。


「たんなる思い付きだが、本当にくんのか……?」


「多分来るはず……あっ」


 スミレの掌にある米百パーのおむすびは、宙に浮いている。スミレの周りに霊魂は見当たらない。


「妖精だ……!」


 手から離れたおむすびは、くるくる回されながら一角が食べられる。回転が止まったかと思うと、すごい勢いでおむすびの形がいびつになっていく。妖精が食いついた証拠だ。やがて米一粒も残らなくなって、まるで初めからおむすびなんてなかったかのように跡形もなく片付いた。


 スミレはただその様子をまじまじと眺めていた。


「あのバカ、早く本題を言え!」


「ちょっと、大きな声出しちゃダメよ」


「うっせ、何言ってのか分かんねえ」


 本来の殺す側と殺される側がしゃしゃりあっている間に、スミレは静かに声を掛ける。


「妖精さん妖精さん、いらっしゃいますか」


 声は帰ってこない。しかし続ける。


「お願いがあります。私の友達のお手紙を探してください」


 声は戻ってこない。それでも続ける。


「少し困ったことになっているんです。貴方のお力が必要なんです」


「……メリットはぁ?」


 声は届いたようだ。高めだが、けだるげで生意気そうな声。今ある情報だけもでこの妖精の性格が推し量れる。


 素直に願いに応じない妖精にスミレは少し驚いたが、会話を試みる。


「メリットですか……?」


「そ。わざわざ出向いてやったんだからさぁ、探しもの見つけるっていう労力に見合うほどのメリットがないとやる気でないんだよね」


「でもさっきあなたはおむすびを食べました」


「……で?」


「……それで、その代わりと言っては何ですが、わたしたちのお願いを聞いてくれると――」


「何言ってんの?」


「……え」


「あんなの! 出演料ギャラみたいなもんでしょ」


「えぇ」


「だいたいこっちとしては、姿を現すだけでもきついっての。そのうえでこの僕にお願いしようっていうんだからさあ、もーちょっと何か必要だよね。ほら、誠意っていうかぁ、真剣な気持ちは分かったから魔力とか、もっとすごいものが欲しいわけ。分かるぅ? そんくらい分かるよね?」


 スミレは深呼吸をして、エタとジェシーを呼び戻した。


「このあたりを力いっぱい殴ってほしいんですけど」


「よし分かった」


「ちょちょちょ、ちょとまてーい!!」


「どうしたんですか?」


「その満面の笑みを辞めろ! 恐ろしい!」


「ドルアアアアァァ!!」


「ぐひゃああああ」


 幽霊用に調整した武器は妖精にも当たるようだ。生意気らしい妖精の悲鳴が心なしか聞こえた気がする。そうエタは感じた。


「外れたっぽい」


「次はもう少し上です」


「よし来た」


「ばあああああごめんなさい僕が悪かったですううう」




「その、すんません。久しぶりに人間みたから、調子乗っちゃったというか。いえ、悪気がなかったと言えばあったんです。逆にあったからこそ、おむすびを食べっちゃったわけで。ああ、その笑顔やめてください!!」


 姿かたちが見えもしないのに、三人に土下座をしている姿は容易に想像できた。


「それで、探し物があるんですが」


「探し物……」


「はい、ジェシーという人のラブレターを」


「ジェシー……だって!?」


 空気感が変わる。


 スミレ一人しか聞き取れない声色は怯えが含まれていた。さっきまでとは明らかに異なる、異様な感覚。


「ジェシーは……あいつだけは無理だ!!」


「どうしたんですか? 落ち着いてください」


「終わりだァ……おしまいだァ!!」


「スミレ? どうかしたの?」


 この声もスミレしか聞き取れない。後ろを向くのが怖い。ジェシーは今どんな顔をしているのだろう。あんなに空は赤いのに考えるだけで背筋に氷が触れる幻覚に襲われる。


「いえ……なんでもないです」


 前を向いたままのその場しのぎの回答。今、ジェシーの方を見て何をされるか分からない。そういえば、エタはジェシーが何か隠し事をしていると言っていた。その直感が当たっている。


 彼女はただの恋愛少女ではない。


 もろもろあったが、生意気な妖精は送り返した。逃げるように去って行ったが、「手紙っぽいものは見た」と言ってその場所だけは教えてくれた。アステリアの郊外、住居が少ないはずれへ三人は移動していた。


 ジェシーはいったい何者なんだろう。おしゃべりが好きなスミレはそのことを考えているせいで、黙っていた。


 彼女は自分が成仏するためにわたしたちにラブレターを探すことを頼み込んだ。成り行きとはいえ、遥々1000キロも離れた場所で。受諾するとき、エタは確かに彼女を疑っていた。嘘がつけない幽霊が隠している彼女の秘密。エタならもう分かったのだろうか。しかしジェシーは朗らかな口調で、まじめに依頼に協力している。彼女がみずから隠していることではない? そしてあの妖精の焦り様……生前に何があったんだろう。


「この辺りは……」


「トレンスの家がある」


 ジェシーは二人から離れるように、ゆっくりと崩れた家に近づく。おそらくトレンスの家だろう。


 瓦礫の中に花が咲いている。ハートのような形の葉。細長い茎の上部に抱える小さな花は赤き空を見上げるように開いている。弁の色は空に染められて真意を知る者はいない。


「シクラメンか……」


 エタはその残骸の前で立ち止まり、シクラメンに膝をついていた。逆光のように差すまばゆい月明かりがそうさせたのかもしれない。


 小瓶がシクラメンの葉に隠されていた。砂まみれに汚れていたがこの世界ではありえないほどに保存状態が良い。コルクで閉められた中には色褪せた一枚の手紙が見つかった。それを引っ張り出すと、小瓶は役目を終えたかのように粉々になってしまった。手紙まで崩れてしまわないようにと、丁寧に開く。


 『エクール・トレンスへ


 あなたへ募る想いを抑えきれず、こんなお手紙を書いてしまいました。初めて出会った高校一年生のクラスであなたの笑顔が眩しかったのを覚えています。あなたは私が教科書を忘れたときにこっそり見せてくれましたね。ワルプルギスの夜では一緒に星を見たりしました。私の中で知らないうちにあなたの存在が大きくなっていったのを感じています。そんなあなたが戦争で遠くに行ってしまうのが耐えられません。だから、この手紙であなたに告白します。エクール・トレンス、あなたが好きです。返事はシクラメンの花園で待っています。』


「差出人は――」




 スミレはジェシーの後について行った。


 このあたりにもたくさんの幽霊がいる。どの幽霊も色は落ち着いていて、ぼうっとしている感じがする。確かエタが日和見とか言っていた。


「ここにいる幽霊はみんな私の友達なの」


 ジェシーが独り言のように語りだした。


「とっても優しくて、面白くて、楽しくて、男女なんて関係ない。教室内で魔術を見せ合ったりもしたんだ。私もトレンスもみんな笑顔だった」


「……それはいいですね」


「…………でもね、私の、わたしだけのトレンスを独り占めした許せない子がいるの。私が高校でトレンスと同じ教室になれないことを喜んだ、運命の引き裂き人がいるんだぁ……」


「それはいったい――」


「離れろスミレェッ!!!」


 エタがスミレとジェシーのあいだに割って入り込む。警戒を全身に出して、利き手に出刃包丁を構える。


「なっ、どうしたんですか!?」


「……君たちも私の邪魔をするの?」


 ジェシーの桃色のオーラに緑や黄色、赤が混ざり濁色へと変化していく。


「いいなあスミレは。あんなに想ってくれる人がいるんだもん。いいなあ……うるやましいなあ……ずるいなあ……」


「ああ、当たったかクソッタレ!」


 気づけば足元にはカーペットのようにシクラメンで埋め尽くされていた。そのどれもが紅月グレニモの光を受けて、赤く染め挙げられている。


 渦巻く霊魂の核は、花吹雪を巻き起こし二人の視界を遮る。


「エタ! どういうことですか!?」


「隠していやがったんだ、ジェシーあいつは! 自分が書いたラブレターを見つけんじゃなく、俺たちに依頼したんだよ!!」


「じゃあトレンスさんは? 告白の話は!?」


「それはマジだ。本当マジなうえで本当の目的を隠し通したんだ!」


 風が晴れる。一面のシクラメン畑は魔法のように消え去っている。代わりに二人の前には一人の女性が立っていた。


 全長は160くらいのヒト型だが、身体の2倍はあろう金髪に目が惹かれる。顔は靄に覆われ胴体は空洞。下半身は蒼いリボンがドレス状に開き、眼球の位置には二輪のシクラメンが咲いている。


「君も私のものになってよ」

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