葬送の香木

 享年23歳。故鈴木正人儀葬式会場。看板に目を落とすと、彼が亡くなったことを痛感する。まるで現実が一瞬、静止したかのようだった。周囲の喧騒が耳に入るが、その音は遠くから聞こえてくるようで、心の中に重い静けさが広がっていく。


 原因不明の衰弱死と聞いていた。死期を悟っていたのか、突然入院を決めたという。両親に看取られ、静かに息を引き取ったと。どれほどの痛みがあったのだろう。彼の両親の心中を思うと、胸が締め付けられるようだった。


 会場には大勢の慰問客が集まっていた。街の子供たちや高校生、大学生、さらには実業家風の老婦人やヤクザのような風貌の人々たちまで、老若男女問わず様々な人々が訪れている。人の一生は葬式を見ればわかる、と誰かが言っていたような気がするが、これほどまでに多くの人が集まるものなのだろうか。「あいつ、死んでなお、人に囲まれてるんだな」と、思わずひとりごちる。


 そのとき、鈴木の両親がこちらに向かってくるのが見えた。「森田先生、来てくださったんですね」と、母親の悲しげな声が響く。思わず胸が苦しくなる。「この度はご愁傷さまでした」と伝えると、両親は一瞬、辛そうな顔をした。


 母は目を潤ませながら言った。「ついこの間まで元気にしていたんですよ。心霊スポットに行って、何か動画を撮ってきたとかで、最近は視聴数も増えて、なんて喜んでいたんです。危ないことしないで、元気にやってるだけで、それでよかったんですけどね。どうしてこんなことになったのか…」


 父が静かに続ける。「生前、正人が母校に戻って、よく森田先生にお世話になっていたみたいで。先生には学生の頃だけでなく、卒業してからもご迷惑をおかけしていたようで、色々とありがとうございました」


 森田は思い出しながら口を開いた。「ほんのちょっと前に、鈴木が来たんです。彼にしてはちょっと元気がなさそうで、話を聞こうかと思ったんですが、怖い話が苦手で最後まで聞かなかったんですよね。ひょっとしたら、助けて欲しかったのかな、なんて思ったりします。なんであの日、ちゃんと話を聞いてやらなかったんだろう。なんで早く帰れなんて言ったんだろう…あれが最後だとわかっていたら、もっと話を聞いていたのに」


 母は涙をこらえきれずに言った。「お会いできるだけでよかったんだと思います。最後まで正人がお世話になりました…」その声は消え入るようで、鈴木の母親は再び泣き崩れた。


 森田はその場の重苦しい空気に耐えられなくなり、静かにその場を後にした。参列者のいる方へ移動する。会場には香木のほのかな香りが漂い、心を和ませる。鈴木の工務店で何度も嗅いだことのあるその匂いは、まるで彼の存在を呼び覚ますかのように、参列者たちの記憶の奥深くにそっと寄り添っていた。鈴木の笑顔や、彼と過ごした日々が、心の中で鮮やかに蘇る瞬間があるだろう。香りは、彼の思い出を優しく包み込み、悲しみの中にも温かな余韻を残していた。


 人々の中に身を置くと、心の中でひとりごちる。


「生徒に先立たれるのは一番つらい」彼の心は重苦しい思いで満ちていた。「最近はうちの生徒の失踪や死亡事件も相次いでいた。田中も鈴木も、今年いなくなってしまった。いったい何が起こっているんだ…」漠然とした不安が、胸の奥で渦巻き、息苦しさを増していく。彼は、かつての教え子の遺影をじっと見つめ、その表情に心の奥底からの問いを投げかけた。あの笑顔が、今はもうないことを、まるで信じられない思いで受け止めていた。


 忍び寄る魔の手は、もうすぐそこまで迫っていることを、彼はまだ知らない…

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