二口目 このか―②

  「改めて、ましろの主治医で、指定難病『恒常的低体温症』。通称、『雪女症候群』の研究をしてる。棚端 高華たなばた こうかだ。


 親愛を籠めて、たかはな先生と呼んでもいいよ?」


 呆然としている私に、男だか女だかよくわからない医者はそう言って笑った。


 ちなみにそうやって呆けている間に、ましろさんは看護師さんに無理やり連れられて行ってしまったので、気付けば私はこの医者と二人になっていた。


 うーん、わかってはいたけど、ちょっと変な人なんだよねえ。


 「……なんで『たかはな』なんっすか?」


 「ほら高嶺の華みたいでいいだろう?」


 「ちなみにご結婚やパートナーは?」


 「四十五だが誰もいないね」


 「誰も手が届いてないじゃないっすか」


 「ちょっと高嶺過ぎたねー、あっはっは」


 なんて軽口を交わしながら、ふんむと首を横に傾げた。


 「で、たかはな先生」


 「お、受け入れてくれた。ノリがいいね。大体、三・四回は呼んでくれるまでにかかるもんなんだがね」


 「ま、面白そうなんで」


 ノリが軽いとはよく言われる。


 「ふふ、ましろも随分とノリのいい子を連れてきたもんだねえ」


 「……それで、お話とは?」


 私がそう問うと、たかはな先生はポニーテールを軽く揺らしながら、愉快そうに頬をゆがめた。


 「雪女のパートナーには、とりあえず説明しておくことにしてるんだ」


 そこに浮かぶ表情はなんというか、そこはかとない憐みのようなものが滲んでて、少しだけ胸の奥にしこりが溜まるような気分になる。


 「彼女たちと共にいることのリスクについて―――」

 

 リスク―――そう、おうむ返しのように、口を動かす。


 「そう、何事も正確な情報がなければ、考えて判断を下すことすらできない。だから、これから君たちの関係がどうなるにせよ、必要な情報は知っておくべきだ。特にましろは正直、このままいくと長くないだろうから」


 正しい情報―――口を動かす。長くない……とは動かさなかった。


 「君もよく考えた方がいい」


 なるほど、と口を動かした。


 まあ、そりゃそうか。


 対価に命を払うのだから、よく考えた方がいいのだろう。きっと、恐らく。


 そう、わかってはいるけれど―――。


 対面の医者はそんな私を微笑んで眺めていた。







 ※







 「『雪女症候群』の患者は現在確認されているだけでのべ七名。ほぼすべて血縁で女性、遺伝性の病気だ。まあ、彼女たちの言葉をそのまま受け取るのなら、病気というよりそういう種族なんだろう」


 「特徴は普遍的な低体温。平均28度、これは普通の人間が低体温症で生体維持が困難なレベルになる。ほら、そもそも我々は2・3度体温が変わるだけで大事だろう? だから未だに科学的にどうして彼女たちが普通に生活できているのか、確かな根拠はない。ただ常人と比べて内臓の活動が著しく緩慢なのは確かだ」


 「27歳前後で急速に更なる低体温から衰弱が始まり、そのまま基本的に死に至る。確認した七名のうち、三名は享年は多少前後するがこの死に方をしている。よって、雪女の寿命はおおよそ27歳、……というのは聞いてるかな? そう、それはなにより」


 「根源的な治療は不可能、投薬もほぼ気休めだ。そもそも遺伝性の病気だから、どこをただせば治したといえるのかすら、あやふやだ。もともとそういう生き物でしたと言われれば納得もしてしまう」


 「とまあ―――ここまでが、公的な記録に載せて問題のない部分なわけだが」


 「肝要なのは、……そして君が聞きたいのはここからかな?」


 「ここから先は彼女たちの口伝のみが根拠になる」


 「曰く、雪女は愛する人との粘膜接触、有体に言えばキスやセックスで対象から『命』を貰うことができる。この際、不思議なことに体温も、通常の人間に近い値まで上昇する」


 「そして、命を吸われた側は若干の体温低下を示すが、具体的に何が獲られているのかは不明だ。熱を奪うと考えればカロリーか。寿命をとるというのなら、細胞分裂の限度を決めるテロメアか。ただどちらにせよ根拠は薄い、検査をしても判然としない。正直、寿命を獲られているというのが、悲しいかな一番納得が出来てしまう」


 「しかし、行為が行為だから、直感では納得はしてしまうが、愛する人限定っていうのもなかなかに不思議な点だ。判断基準はどこにある? 奪う奪わないの差はどこにある? どうして愛してない奴からはまっとうに奪えない? 色々調べたいことはあるが、これも悲しいかな人道的観点からあまりおおっぴらに実験もできない」


 「ただ、命を吸うことで、寿命が延びるというのは事実なようでね」


 医者の眼は少しどこか遠くのものを懐かしみたいに細められた。


 「54歳まで生きた例がある。そして興味深いことに、そのパートナーにあたる人物も同日に亡くなっている。同い年で、ともに54歳だった。これはパートナーの寿命を80歳と仮定すると、おおよそ27歳と二で割った数値になる。命の半分を分け与えていたということかな」


 54歳―――。つまり、もしましろさんとずっと一緒に居つづけたら、それが私の寿命ってことになるのか。


 「といってもこれは症例の一つに過ぎないサンプル1だ。科学的にはエビデンスが弱いほぼあてにならないんだが……。そもそも命の受け渡しなんてものが現代医学では何一つ説明ができない。同日に老衰でなくなるなんてのも、ちょっとした天文学的確率だ、偶然と断ずるのも難しい」


 なんとなく理解はしてたけど、改めて現実的にリミットを提示されると、少し見方も変わってくる。


 「というわけで、これがましろと一緒に居ることの『リスク』だ、もちろん今すぐ……いや、約束通り一か月でもいい。接触を止めれば、君の被害は最小限で済む。そこは確認済みでね、過去雪女と接触したが、80を越えてご存命の方もいる」


 30年、寿命の半分、それだけの時間を、ましろさんのために投げうてるかどうか。


 「さあ、どうする? 残りの命の半分。


 それだけのものを懸けるほどの想いが。


 あの子に人生の半分を捧げる愛が君にあるかい?」


 医者はそう言って、私を見ていた。


 私は黙ってゆっくりと眼を閉じた。


 それにしても、想いに愛と来ましたか。

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