第8話 水族館デートをする
そんなソワソワとした空間に、聞こえるアナウンス音。扉が開く前に、立ち上がる。電車が停止して、大きく車体が揺れた。
その車体の揺れに負けて、
お互いの心拍音が、振動となって伝わってくる。胡桃の視界を悠の白色の服で覆われた。真っ白な世界に、胡桃は目をぱちぱちとさせた。
固まっている胡桃に、悠が優しく声をかける。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫っ! ありがとっ」
上から胡桃の顔を覗き込み、眉を下げて心配そうな表情を見せた。胡桃の返事に、軽く微笑みを返す。
胡桃の背中に手を回して、悠は軽くエスコートをした。
胡桃は、頬をふわっと染めて回された腕の中にすっぽりおさまる。改札口で、その腕が離れていく。それが寂しく感じさせた。
改札を抜けて目の前に、大きな水族館の建物が現れた。
高さのある壁に、イルカやペンギンのイラストが描かれている。イルカの銅像なんかも飾られていて、水族館についたというワクワク感を演出する。
「わぁ〜、ワクワクするねっ!」
胡桃は輝く瞳を、悠に向けた。
****
いろんなコーナーを順番に見ていく。クラゲが、ゆったりとした動きで海中を漂っている。ミズクラゲに当たるライトが、幻想的な空間を創っている。
薄暗い室内を、輝かせる水槽のゆらめき。涼しく冷たい風が撫でる手のひらに、悠の温かな手が触れた。
胡桃は、肩を揺らす。お互い、そのままミズクラゲに視線を向けたまま。
するりと手を握った。握られたその手を繋いだまま、別のブースに移っていく。
クラゲのブースから出て、明るさのあるペンギンブースに来た。先ほどとは違って、握られた手がしっかりと目に入る。
少し前を歩く悠を胡桃は、盗み見た。水槽の中の青の光を跳ね返すほど、悠の頬は赤くなっている。
それが、自分だけではないと思えて嬉しくなる。
胡桃は、悠の手をぎゅっと握った。握り返されたことに驚き、下を向く胡桃に悠は視線を落とした。
「胡桃ちゃん、ペンギンのデザートだって!」
胡桃は、自分の名前を呼ばれて悠の方に顔をあげた。
悠の見せてくれたチラシには、ペンギンのデザートと大きく書かれている。パフェの上にペンギンのクッキーが乗せられていて、とても可愛らしい。
「ペンギンコーナーのレストランにあるみたいだけど……」
「行きましょう!」
あんなに恥ずかしがっていたはずなのに、ずいっと顔を下から近づけた。さらに、悠の言葉に被せる勢いだ。目を輝かせて、嬉々とした表情をしている。
「うん! そんなに喜んでもらえたなら、見つけて良かった!」
嬉しそうな顔の胡桃に釣られるように、悠まで笑顔になった。胡桃は、こくこくと頷いた。
可愛らしいペンギンが、イベントの一環でおさんぽをしている。よちよちと歩き、たまにこてんっと
どの年齢の人が見ても、微笑ましいようで顔を綻ばせている。
かく言う、このふたりもふふふと笑っている。
そんなイベントもすぐに終わり、集まっていた人だかりは散り散りになっていった。胡桃たちもその人たちの波に合わせて、イベントブースをあとにする。
そしてその足で、ペンギンスイーツのお店に入って行った。中も可愛らしく飾りつけされており、ペンギンのオーナメントが天井からぶら下がっている。
そのオーナメントが風でゆられるたびに、ライトの光を反射させる。
「キラキラしてる……」
そんな胡桃の前に、ペンギンのパフェがやってきた。白色のバニラアイスの上に白と黒のペンギンのクッキーが乗っている。
下層部分には、イチゴやんみかんが入っていて見た目だけでなく味まで美味しそうだ。
長めのパフェ用のスプーンでいただく。その普通のスプーンでないのも、ワクワク感を掻き立てる。甘いバニラの香りが鼻をくすぐる。
舌でバニラアイスが、じわっと溶け出した。甘さと冷たさが口腔内を支配する。胡桃は、目を閉じてその味を堪能する。目を開ければ、可愛らしいペンギンと目があう。
「可愛い……」
ポツリと言葉になって出てしまった。その言葉に、胡桃はさっと視線を向けた。
「えっと?」
「胡桃ちゃんがね」
真っ直ぐに見つめられて、ストレートな言葉を言われる。胡桃は、射抜かれてしまう。長いパフェ用スプーンから、ポタリと溶け出したアイスが垂れる。
「あ、えっと……ありがとう」
顔を真っ赤にさせて、言葉はデクレッシェンドになって消えていく。モゴモゴとしながら、溶けつつあるアイスを頬張った。
あんなに甘かった味が、空間を漂う甘さに負ける。
甘さがわからなくなるほどの、空気感のまま次のブースに移動する。
目の前には、上から下まで前面が水槽になっている。胡桃がいる側は、ライトの光が抑えられている。水中の青色の揺れる光が、唯一の灯りだ。しかしそれで、十分だ。
水槽の中には、白色のイルカが泳いでいる。休日で、たくさんの人がこの水槽に集まっている。空いた隙間にふたりは、水槽に吸い込まれるように近づいた。
白色のイルカが
そのバブルリングで、周りがドッと沸いた。ざわつく周りで、声がかき消される。
「今、言うことじゃないと思うんだけど」
「うん?」
「胡桃ちゃんのことが、好き。俺と付き合ってほしい」
胡桃の反応を見ようと、悠は少し離した。胡桃は、離れていった悠を追いかけた。そして、ふわっと笑った。
「私も好きっ」
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