第7話 どうかな??
沈黙を破った
「……あのさ」
「ん? なぁに?」
胡桃が見上げると、悠の視線も落ちてきた。視線が絡み、ゆっくりとひと呼吸置かれる。
「今週末。良かったら、出かけない? ……ふたりで」
『ふたりで』 を少し強調された。悠は、胡桃の返事を待たずに視線を逸らした。
胡桃の声が、弾むようになる。
「えっ! うん! もちろん!」
「どこに行きたい?」
ほっとしたような顔で悠は、胡桃の顔に視線を落とした。悠の黒の瞳が、胡桃を吸い込んでしまいそうだ。
胡桃は少し上を見て、顎に手を添えながら考える。男性とどこかへに出かけるなんて初めてのこと。
どこが無難で、お互い楽しめるのか考えてもなかなか答えに辿り着けない。
うんうん、悩んでいるうちに駅にたどり着いてしまった。次の電車まで、数分。
「悠くんは、どこか行きたいところある?」
(悩んでいたのを見れば分かると思うけど! 決して出かけるのが嫌なのではない! と声を大にきて言いたいよ)
胡桃の念じた思いが伝わったのか、悠がケラケラと笑い出す。大きな口を開けていて、明るい笑い声が聞こえてくる。
「ははっ。ごめんごめん! 悩ませちゃったね! 俺は、どこでも楽しいから。じゃあ、お互い検索して案を出そうか!」
「うん!」
そうして、心待ちな週末の予定が出来た。
****
その晩。ピロンッとスマホが音を立てた。
――胡桃ちゃん、今日はありがとう!
悠から、安定の短い文章が送られてくる。さらに、猫の踊るスタンプを添えて送られてきた。
胡桃は、今までスタンプを使っているところを見たことがなかった。
(少しは、打ち解けた……ということかな?)
胡桃の心は、そんな小さな変化で少し浮つく。その画面を見つめ、胡桃は笑みをもらした。
――こちらこそ、ありがとう!
そう打ち込んで、少し悩んだ。
これだけよりは、自分もお気に入りのスタンプを送るか。それとも、今週末の話に繋げるべきかと。
一つの返信で、こんなに頭を捻らすのは初めてのことだった。
あまり長い時間そのままにするわけにもいかず、少し勢いをつけて返信を送った。
――今週末、すごく楽しみ!
指で紡いだ言葉が、相手に想いを乗せて伝えるというのはドキドキするものだ。
送ってすぐに既読が付くだけで、ぴょんっと跳ねてしまう。
目をギュッと瞑って、返信が来るのを待った。浅く呼吸をして、ドキドキとする胸を落ち着かせる。
再度、自分のスマホが音を鳴らした。可愛らしい連絡音に、肩を揺らす。
――俺も、楽しみだよ!
あの柔らかな雰囲気を思い出しながら、文字を悠の声で脳内再生する。
その声が頭の中で反芻し、耐えられなくて自分のベッドにダイブした。
(私も〜!!)
結局、無難な水族館へ行くことになった。
****
当日は、朝10時にいつもと同じ電車内で待ち合わせ。いつもの電車に乗っているのに、私服というなんとも不思議な感覚だ。
電車で約一時間揺られて、水族館に到着する。休日なのに割と空いている車内。隣に座った
伝わるその温度感に、心拍音が大きくなっていく。
「今から行く水族館、いったことある?」
「幼い頃に一回行ったことがあったかなぁ。でも覚えてなくて!」
「そっか、一緒だ」
ふわりと笑う悠の笑顔が、眩しくてキラキラとして見えた。胡桃は、雫と一緒に選んだ黄色のワンピースをギュッと握った。
今なら文字で打てなかった言葉を言える気がして。意を決して言ってみる。
「すごく楽しみにしてて!」
悠は少し目を開いて、驚く顔をした。そしてすぐに、目を細めて笑顔になる。
「それは、嬉しいなぁ」
お互いに前を見たまま、揺れる電車に身を任せる。地下に潜って、暗くなった窓ガラスに並ぶ自分たちをふたりは見つめる。
ガラス越しに目が合う。
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