第4話 雫を惑わす


 むすっとした雫だったが、幼馴染の彼に連絡を取る。ゆっくりと打ち込まれる文字は、書いては消してを繰り返されている。

 胡桃は、雫の打ち込む文字を後ろからチェックをする。



「胡桃さん……怖いのでやめてください。というか、私からじゃなくて胡桃から彼を誘ってよ〜」

「うう〜ん。でもそしたら、私とハルくんだけになるんじゃ?」

 


 そう、これは所謂Wデートというやつだ。それが上手くいくかどうかはわからないが、ふたりが導き出した答えはこれだった。後ろにいる胡桃の方に振り返った雫は、胡桃のスマホをさっと手にする。

 そして、慣れた手つきでパスコードを入力をしてロックを解除する。人のスマホだが、お互いに知っていてもはやパスコードの意味を成していない。



 

「わ、話聞いてる?」

「うんうん、聞いてるよ。私からもまことに言うもん!」

「誠くんっていうの? 初知りですけど!」



 秘密主義の雫は、彼の名前すらも教えてくれてないのだ。雫の口から滑り落ちた名前に胡桃は、笑みを浮かべた。ここまできたら、全てを洗いざらい聞き出したい。胡桃のその気持ちが滲んだ表情に、雫は観念したようだ。小さく両手をあげて、降参ポーズをする。



 ****

 

 誠がこちらに引っ越しをしてきて、小学生の時からずっと一緒だった。アパートも一緒で、お互いに明るい性格のふたりはすぐに仲良くなった。

 そこから、いつも一緒にいた。ずっと高くなった誠を、雫は見上げる。明るい声質だけど、低くて響く声。



 その全てが、雫をドキッとさせる。それが、恋と感じたのは中学に入ってから。気がついてからも、視線で追わないようにして、気が付かれないようにと意識をした。


 もしもバレて、今までの友達関係まで崩れたら……そう思うと、知られたくはなかった。それと同時に彼女ができないか、心のどこかで不安な気持ちがあった。



 一緒だった雫と誠は、初めて高校で別の道を行くことにした。それも、嫌なものは見たくないという理由でだった。



 誠は、家から近い学校を選択した。雫は、自転車で少しの学校に。



「一緒のところになんでしないんだ?」

「……ん〜、自転車通学って憧れるでしょ?」

「別に、自転車で行けば良いのに」


 どちらの学校も、対して偏差値も変わらない。そして、共学校なのも同じ。誠からしたら、なぜ敢えて自転車か電車で行く距離の学校を選ぶのか理解ができなかった。


 何度聞いても雫からは、同じ回答が返ってきた。雫はその話になる度に、なんとなく誤魔化している。

 その理由もわからないまま、高校生になってしまった。



 別の高校なので、当たり前のように毎朝会っていた回数も減っていく。誠は、寂しさを覚えていた。

 しかし、距離を置かれているわけでもないようだ。夜はどちらかの家で、宿題をしたり漫画を読んだりして過ごしている。



「ねぇ、これって……」

「誠のところ、もうそれやってるの? 教えて欲しいのは、私なんだけど!」


 そう言いつつも、誠の教科書を覗き込む。雫の視線は、誠の斜めに書く癖のノートと教科書を行ったり来たり。

 近くにある雫の顔をじっと、静かに誠は見つめる。



「……ん〜と、これ?」



 悩んだ末に、雫の人差し指が公式を捉える。ふわっと香る柔軟剤に包まれた雫が、誠の方に振り向く。かなり近い距離にも関わらず、お互い慌てる振りを見せない。誠はふいっと、ノートに視線を向けた。




「あ、なんかそれっぽい!」

「良かった」



 手に持ったシャープペンを、ノートの上で踊らせる。雫もその様子を見て、自分の宿題に取り掛かった。静かな部屋に、ふたりの文字を書く音が心地よく響く。



 雫は、その心地の良さからいつもうたた寝をする。その日も雫は、机の上に自分の腕を枕にしてうたた寝をし始める。自分の頭の重さが、徐々に腕に落ちていく。

 ストンと夢の中に落ちた雫を、毎回のように誠がベッドの上に寝かす。




 ****



「えっ? それで、なにもないわけ?」




 胡桃は、一通り話を聞いた。その上で、先ほどの疑問を雫に投げかけた。雫は、キョトンとした表情になる。胡桃の言っていることが、どうやら理解できていないようだ。



「……ないから、困ってるんだけど?」

「ないわけなくない?」



 お互いに、理解不能といった顔をする。はたから見たら、ふたりで何をしているんだ。と思うだろう。完全にふたりの世界になっているのだ。



「もう、早く連絡してっ」

「胡桃もしてね?」



 そういって雫は、胡桃のスマホを返した。胡桃は、自分のスマホを握りしめて映し出された『遙くん』の文字をじっと見つめる。



 隣の雫も同じようなもので、名案だと盛り上がっていたのはどこかに行ってしまった。ふたりとも、文面を唸りながら考える。



「胡桃。私は、ちゃんと送ったよ!」

「はやっ!」


 ドヤ顔で、胡桃に見せてくるその画面には一文書かれていた。

 ――今日、一緒に帰ろう〜!



「ちょっと、これじゃ普通……というか……」

「……えっ?」



 自分の打ち込んだ文章に自信が余程あったようで、面を食らったという表情をした。

 


 

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