また会えるかな?
白崎なな
第1話 電車に揺られて
電車に
人が車内に、流れ込んできた。電車内のごった返した雰囲気の中、ひかる星を見つける。胡桃はすうっと胸の奥に、息を送り込む。
(あっ、来た!)
スッと伸びた背中に、キレイに伸ばされたワイシャツ。ブレザーの紺色が、彼の端正な雰囲気とよくあっている。青色のネクタイを綺麗に結んで、第一ボタンがゆるく開けられている。片手で英単語帳を軽々開いて、澄んだ黒目に文字が吸い込まれていくようだ。
人目を惹かれる容姿なのに、ひけらかしていない。そんな彼に、胡桃は一目惚れをした。
優雅に瞬く、彼の瞳。つい、じっと見てしまいそうになるのを抑える。なるべく自然に見るようにして、スマホを取り出してみた。英単語帳をぺらっとめくるその姿に、胡桃の心臓も動く。大きく吸った息を、ゆっくりと吐き出して瞳を閉じた。
(今日も、会えた。それだけで、私は一日頑張れる!)
るんるんとした足取りで、学校に向かう。そんな毎日を過ごしていたはずだった。しかし今は、文化祭の準備に追われている。楽しいはずの文化祭だが、準備のために毎朝早く集まっていた。
胡桃のクラスは、部活動で忙しい人が多い。帰宅部は少数派で、胡桃たちはバタバタと連日朝から集まっている。これだけ大変でも、みんなで協力をしていると楽しいのだ。
楽しみでふわふわとする心は、優雅な表情が横切る度に急に胡桃の足は地につく。その度に、思わず大きなため息が漏れる。
「はぁ……」
「はい! はいっ! 今日、何度目のため息ですか?」
胡桃の親友の雫が、胡桃のことをジロッと見て頬をつねってくる。単純明快。「幸せが逃げるよ」と言いたいのだ。胡桃だって、好きでため息を漏らしているわけではない。つねられた雫の手に、唇に力を入れて抵抗する。その抵抗が効いたのか、パッと手を離された。
胡桃は、つねられた頬をさすりながらムスッとさせた。
「だって、会いたいのにさ」
「あぁ、例の彼? でも……今日は、前夜祭だよ? 胡桃も楽しまなきゃ!」
雫は、さっと立ち上がって胡桃に手を差し出す。明るくていつも胡桃を引っ張り出してくれる彼女のことが、胡桃は大好きだ。胡桃の目に、明るくキラキラしたものが見えてくるようだ。
雫に引っ張られるまま、体育館に向かう。そこでは、もうすでに前夜祭ライブが始まっていた。
軽音部やダンス部が催しをしている。ポップな音楽に軽快なステップ。この文化祭のワクワクした、気持ちを高めてくれる。高揚したこの場が、さらに眩いほどのスポットライトによって星が目の前を舞い踊る。
「ワクワクしてくるね」
胡桃のこそっと呟いた一言に、雫は大きな黒の瞳を細めて満面の笑みを浮かべた。そして、胡桃の肩にもたれてきた。ずしっとした重さとは反対に、軽い口調の雫の声が聞こえてくる。
「胡桃さんは、ようやく気分乗ってきましたか〜?」
完全に、胡桃のことを馬鹿にした言い方だ。胡桃はそんな雫の頭の上に、自分の頭を乗せた。ぐっとかけられた力に負けて胡桃の肩から、ずり落ちていく。少し驚いた顔の雫が、大きな口を開けて笑い出した。
周りのガヤガヤした声を上書きするように、胡桃の耳に聞こえてくる。そんな笑い声に、つい胡桃もつられてしまう。
ふたりで顔を合わせ、大笑いをした。
(雫には、敵わないなぁ)
スポットライトが、ガシャンと音を立てて消える。真っ暗な空気を跳ね返すように、拍手が巻き起こった。
「さぁ! 明日からの文化祭! 楽しんでいきましょう!」
生徒会長の高い声が、体育館に響きわたる。声と共に全体の電気が一気に付いて、純白のベールが体育館を包んだ。
ベールの光がふわりと、宙を漂っている。
手を伸ばして胡桃は、そのベールを指ですいていく。するりと抜ける白い光は、瞼に落ちてきた。
前夜祭終了の合図とともに、一気に生徒たちははけていってしまう。静かになっていく体育館に、光だけが残されていく。
「さあ、私たちも戻ろう?」
柔らかな声で胡桃は、雫に声をかけた。暖かな光を潜り抜けて、体育館を後にした。ささっと帰る準備をして、明日に備えたい。
「胡桃、明日が楽しみだね!」
「うん! 雫と回るんだぁ」
初めての文化祭に、胡桃の心はスキップをする。鼻歌混じりの気分を抑えて、電車に揺られて帰宅をする。
ガラガラの電車で、ふと外を見る。揺れる木々に靡く建物。ほどほどに田舎な光景に、夕陽が注がれる。
扉の開く音がして、何気なくそちらに視線を動かす。そこにはいつもの彼がいた。
帰りに見るのは初めてで、とても新鮮だ。ピチッとした朝の雰囲気とは違って、少し憂いを帯びている。朝より少しよれたように見えるネクタイ。
ふわりと風が吹くように感じる。会えると思っていない彼に、会えて一気に鼓動が加速する。
見すぎてしまって、バチっと目が合った。胡桃は瞬きを数回して、目をサッと逸らす。頬に集まる熱を冷ますように、ギュッと目を固く閉じた。
殻に籠った自分の耳に、降りる駅のアナウンスが届く。瞳を開いて、急いで降りた。自分の使う駅は、胡桃の方が長い距離だ。
扉が閉じて、振り返るともちろん彼はもういない。彼の方が短い距離なのだから、居なくて当然だ。
しかし、少し寂しく感じてしまう。
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