第15話 たこ焼きと時空
リナと翔太は、霧のたこを探し出すために険しい山道を進んでいた。霧の湖は、どんな地図にも載っていない場所であり、男から教わったわずかな手がかりだけを頼りに、二人は霧が立ち込める森の奥へと足を踏み入れた。
道中、霧が徐々に濃くなり、視界がどんどん閉ざされていく。不気味な静けさが漂い、二人は無言で歩を進めた。霧の中からは、まるで時間が歪んでいるかのような感覚が漂い、過去や未来が混ざり合っているような錯覚を感じた。
「なんか、この霧…普通じゃないね」とリナが囁いた。
「確かに。時間がゆっくり流れているような気がする。気を引き締めないと、ここで迷うかもしれない」と翔太も警戒心を強めた。
歩き続けるうちに、二人の周囲には奇妙な現象が起こり始めた。ふと立ち止まると、目の前にかすかに古びた建物が見えた。それは、リナの記憶にあった祖父の家と似ているが、どこか違うようだった。さらに、その家の周囲には、かつてリナが幼い頃に見た風景が広がっていた。
「これ…おじいちゃんの家じゃない…?」リナは戸惑いを隠せなかった。
「どういうことだ? さっきまで森の中を歩いていたのに、突然ここに…」翔太も困惑し、二人はその場に立ち尽くした。
突然、建物の中からかすかな声が聞こえてきた。それは、まるでリナの祖父が話しているかのような懐かしい声だった。
「リナ、あれを見て…」翔太が指差した先には、祖父らしき人物が小さなたこ焼きを焼いている姿があった。だが、様子がどこか異様だった。周囲の空気が微妙に歪み、まるで過去と現在が入り混じっているような奇妙な光景だった。
「おじいちゃん…?」リナは一歩前に進もうとしたが、翔太が彼女を止めた。「待って、リナ! これはただの幻かもしれない。慎重に進もう」
二人はゆっくりとその建物に近づいていった。霧がますます濃くなり、周囲の景色はまるで夢の中のようにぼやけていた。祖父の姿も次第に消えかかっていたが、彼の焼くたこ焼きが一瞬光り輝いた。
その時、霧の中から突然、女性の笑い声が聞こえてきた。声の主は、男が話していた彼の妻であろうか。彼女の姿は見えないが、その声はどこか悲しげで、狂気を帯びていた。
「お前たち、まだ自分の心と向き合っていない。霧のたこは、お前たちがそれを超えた時にだけ姿を現すだろう」
その声が響き渡った瞬間、突然、時間が止まったかのような感覚に包まれた。リナと翔太はお互いを見つめ合い、何が起こっているのか理解できないままだった。
「どうして…こんなことが?」リナが混乱して言った。
「きっと、この霧には時間を超える何かがあるんだ。霧のたこを見つけるためには、私たちがこの不思議な現象を乗り越えなければならないんだと思う」と翔太は冷静に考えた。
その瞬間、リナの心の中にある思いが浮かび上がってきた。幼い頃、祖父に会いに行った時の記憶が蘇り、その時に感じた恐れや不安が再び彼女の心を支配し始めた。自分の目の前に現れた祖父の姿が、本当に現実なのか、ただの幻なのかも分からず、リナは動揺していた。
「リナ、落ち着け! これはお前の心が試されているんだ。お前自身の恐れや過去が、今ここで姿を現しているんだ」と翔太が励ました。
リナは息を整え、深く考え込んだ。「おじいちゃんは私に何かを伝えたかったんだと思う。でも、それが何だったのか、まだ分からない…」
「きっと、それがこの霧の中で解き明かされるんだ。お前が過去と向き合い、恐れを乗り越えた時に霧のたこが姿を現すはずだ」と翔太は強く言い切った。
リナは祖父の幻影に向かい、静かに語りかけた。「おじいちゃん…私はあなたが残した技術を、誰かを救うために使いたい。過去の悲劇を繰り返さないようにするために。だから、私に答えを教えて」
その言葉に応えるかのように、祖父の幻影は一瞬輝き、優しい笑顔を浮かべた。そして、まるで風に溶けるように消えていった。その瞬間、霧が徐々に晴れ、二人の目の前には、輝く湖が現れた。
「これが…霧の湖?」リナは驚きの声を上げた。
湖の水面には、まるで時空を超えたような不思議な光が揺れていた。そして、その湖の中心に、小さな島が浮かび、その上には「霧のたこ」と呼ばれる幻のタコが静かに姿を現していた。
「ついに見つけた…これが、微細たこ焼きの材料だ」と翔太は興奮を隠せなかった。
二人は霧のたこを手に入れるため、静かに湖に向かい、最後の試練に挑む覚悟を決めた。
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