第22話「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」15
20:50
庄司には考える時間が与えられたものの、「カールギブソンが事案の発案条件であることに基づいた実地試験」の準備は、榊と彼の部下によって勧められていた。
まず、警視庁、警察庁から、陸上自衛隊東部方面隊の事案に関係のない警官並びに、自衛隊にまで、ピィ事案につき3時間の、緊急非常勤務体制が敷かれた。
実施署は都内、茨城県、神奈川県の警察署全てとされ、動員体制はいずれも甲号とされた。
非常体制時はピィ事案に関するもの以外の通話を規制された。
そして、都内の交通は、都道18号、都道229号、都道248号、スタジアム周辺の道路に交通規制が敷かれた。
警察車両、実地試験を行うための機材車両が優先的に道路を使用するためだ。
警察官、自衛官のピィ事案に対する行動には報道管制が直ちに敷かれた。
特事法を用いる作業は、主に榊が責任者となって進められるが、今の彼は言語障害を患っているため、元々ピィ事案とは関係のない榊の元部下が駆り出される形となった。
まず東京都、府中市にある『鉄の素スタジアム』の使用許可をとった。
そうせざるを得なかった。サッカーが出来ればどこでも良いつまりは、どこかの学校のグランドの方が圧倒的に借りやすいのでは?という意見はあったが、事案発生時の状態に少しでも近づけなければならなかった。
前例がない上にあまりに唐突なことのため、スタジアム側は当然拒否したが、警官並びに自衛官が強硬突入し、スタジアムを半ば「制圧」する形になった。
鉄の素スタジアムのスタッフは彼らが警官だと信じず、「警察を呼びますよ!」と何度も叫んだという。
当然、110番をかけても警察は反応しない。SNSに助けを求めても報道管制によって、都民の声が東京の外に届くことは無かった。
さらなる悲劇は鹿島フーターズ、川崎ブルーイーグルスの選手たちに訪れた。選手の捜索は、湊以外のNAIL所持者が引き受け、
東京、神奈川、茨城はパトカーのサイレンが長時間鳴り響いた。
選手たちは、明日に備えて既に睡眠をとっているもの、酒に酩酊しているものももれなく、警察官や自衛官が警備している鉄の素スタジアムに訳もわからず「強制連行」された。
各チームの監督、審判にも魔の手が襲い掛かった。
このような警察の強引な動きには、先ほどの「外務次官服装事件」が影響していた。全国の警察官がこの事件で「ピィ事案」の実態を知り、焦り始めたということだ。
3時間以内に実験を開始しないとならないため、南関東は一般人の経験したことのない地獄絵図と化した。
大騒ぎになっているが、騒ぎの正体が都民の誰にもわからない。
そして、防音処置を施された作業員によって、里崎少年も鉄の素スタジアムのある、京王線分倍河原駅近郊に緊急搬出され、音響機材と共にガラス箱の中に閉じ込められた。
里崎はなんの説明も受けておらず、ピィ事案対策本部会議室の長机に突っ伏していたら突然、「御同行願います。」と、ガスマスク姿の男たちに連行される形となった。
「始めやがった……」
庄司はピィ事案対策本部の誰もいなくなった会議室から外の有様を見ていた。
準備は進めるが、『完全な民主主義に乗っ取り』実験開始には庄司からのGOサインを待つこととなった。
ここまでされたら反対もクソもないでしょうが。と庄司は元院に詰め寄ったが、「あくまで我々は君の決断を尊重して待つ。」と返された。
……それでますますやる気が起きなくなった。これが警察のすることか。
会議室は禁煙だろうが、庄司は誰もいないからとタバコを吸ってやろうと思った。しかし、屋上で最後の一本を吸ってしまったことに気づいた。
行き所の無くした手は、スーツのポケットを仮の宿とした。
すると……ポケットの中から奇跡的に一本を見つけ出した。先ほど成都病院でドクターから受け取った一本。小峰に渡した『勝利のお守り』だ。
なあにが。勝利だ。
こんなことは日本警察の恥だ。これに関わった全ての警察官は今日の行いを後悔するぞ。
むしろこの光景がピィ事案なんじゃないか?
庄司は、タバコに火をつけた。
吐き出す煙が、換気扇に吸い込まれていく。そして雨の下の馬鹿ども。一生工事してる馬鹿ども、何も知らないで笑っている馬鹿どもを飲み込んでいく。
「ばーかばーかばーか」
庄司は窓の外につぶやいた。
がらん、と、会議室の扉が開いた。
庄司は慌ててタバコを携帯灰皿に押し当てた。
「庄司さん?」
「……なんだキヨジかよ。ダメだろうが病院抜けてきちゃ」
「いや、大丈夫っす。英語喋れなくなるだけなんで」
「……じゃあ俺の代わりに、茶番で開かれるサッカーでも観に行ってくんねえ?」
「全部話、聞いたっす」
「……なんでここにきた?元院さんにいわれて俺を説得しにきたか?」
「違うっす。俺はただ……庄司さんに後悔してほしくないっすよ」
「なんだよ。後悔って」
「正しい選択を、してほしいっす」
「…… お前も、サッカーの試合で日本が酷い目にあってるって、そう言いたいわけか?」
「違うすよ。俺は、庄司さんについてくっす。だから、間違えてほしくないんすよ」
「あっそ。…… ……キヨジさ。ピィ事案に配属決まった日、元院さんから桶屋の話、聞かされた?」
「されました」
「ずっと考えてたんだ。なんで元院さんの説にこんなムカついてんのかって。
それで、何が納得がいかないって……
風が吹く。砂埃が舞う。目に障害のある方が増える。そういった方々が三味線を生業とする。三味線の需要が増えるから材料になる猫が減っていく。猫が減って鼠が増える。鼠が桶を齧る。桶屋が儲かる。
……どうだい。実に理に適った美しいバタフライエフェクトだろ。
でも今回の事案が元院さんの立てた説通りだとしたら、なんだ?
カール・ギブソンがシュートをキャッチする。因子からモスキートーンが発生する。それを聞いたものが英語が喋れなくなる。日本が国際社会から一歩遠ざかる。…… ……
繋がってねえんだよ! 工程1と工程2が!」
「それで納得いってないすか?」
「ああいってないね! しかも、これで間違えたら明日にでも『伝染性埼玉脳梗塞』って名前が世界中に広まっちゃうんだ! これこそ不条理だ!!」
「俺は、今の話聞いても、風が吹けば桶屋が儲かる仕組みに、しっくりきてないす。
今回の事案も、桶屋の話も、俺からすると一緒です」
「何が言いてんだよ」
「工程1と工程2がつながらないのは、『庄司さんがバカ』だからです!!」
「…… おいキヨジ。これが演劇だったらここで俺の目が覚めるとこなんだろうけどな。
今の言葉は傷ついたぞ」
「じゃあもっと言ってやりましょうか? 馬鹿っていう方が馬鹿なんですよバーーカ!!」
「…… ……んだとこのやろう!!」
庄司は小峰に掴みかかった。
「俺がバカだ!? 真っ先に戦力外になりやがって馬鹿野郎が!」
「それはあんたの命令に従ったからっすよね?」
「気持ちいいこと言ってくれるじゃねえか!? どうせ元々英語なんか喋れねえだろ。あ?
ポリスって英語でかけねえだろFランク警官が」
「お言葉ですけど自分英検1級持ってます。英語の曲で音楽活動もさせていただいて、発音も褒められるっすねえ!!」
「ああ!? 家に広辞苑も置いてねえ野郎がよ!」
「あ! 庄司さん家あるんすね! あってその程度の語彙力すか!!」
「てめえ!」
そこから先は、だいぶみてはいられない殴りあいだった。大の大人。警察官。素面。感情任せのクリンチとパンチの応酬。
外は雨。
汗まみれで顔は鼻血まみれ、スーツはヨレヨレ。息を切らせて虚しい呼吸が口から漏れるたびに、血の匂いがした。
小峰は、立ち上がって会議室の長机にもたれた。脇腹を押さえて何度か咳払いをした後、
未だ床に大の字で寝転がっている庄司に、
「これでどんだけ自分がバカかわかったすか」
と言い放った。
「…… ……うん。今何時だ」
「9時っす」
「…… ……(ため息)キヨジ……車運転頼めねえ? 俺腕が上がんなくてよ……」
「…… いいっすよ」
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