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 これまでジムが訪れた中で、最も大きな会場だった。何万もの人々が、格闘技の試合を観に来ている。

 リングの上には巨大モニターがあり、どの席からでも試合の様子を確認できるようになっている。リングサイドにはゆったりとした席が用意されているが、高いものは1万ドルを越えるという噂もあった。

 ジムは、無料でリングすぐそばという特等席に行くことができる。

 今でも特等席なのかもしれない、どジムは思った。控室で、試合開始を待つクレメンスのそばにいる。

 ジムは今、世界で一番クレメンスのことを知っている。格闘家としての彼も、日常生活を送る彼も、知りすぎるほどに知っている。そしてクレメンスは、家族を失っている。彼のことを本当によく知っていた人々はもういないのだ。

 この先ずっと、クレメンスを支える立場で過ごすのだろうか。彼の先輩であり友人であり、セコンドとして。一番を目指していた自分が、何かを諦めてずっと、ずっとそうするのだろうか。

 ジムには、いつもよりクレメンスの背中が小さく見えていた。見慣れたからだろうか。それだけだろうか。




 柏木応樹は、タブレットの画面にかぶりついていた。

 The MOONSUNは、格闘技専門でもスポーツ系でもない動画サイトが独占生配信していた。格闘技専門チャンネルに課金していた応樹にとって、新たな課金は厳しかった。将来プロのキックボクサーになることが夢の応樹は、すでに親にはそれなりの援助をしてもらっている。練習するにも大会に出るにもお金がかかる。先日森澤臣至の引退試合を観に行き、自らの貯金は使い切ってしまった。

「どうか、どうかこれだけは見させてください! 10年に一度の格闘技イベントなので!」

 応樹はそう言って両親に頭を下げた。

「応樹、ほいほいと同意するわけにはいかない。ただ、今回は貸してやろう。三年以内に返せなかったら、縁を切る」

 父親はそう答えて、課金の手続きをした。

 そこまでした応樹にとってThe MOONSUNは、「面白くなければならない大会」となった。

「クレメンス、そこそこやれると思うんだよな」

 多くの人々がメインイベントの予想をしていた。強すぎるルナンドスが、いつどのように勝つかを考える人が多かった。応樹だってルナンドスが勝利すると思っている。ただ、「絶対」ではないと考えていた。クレメンスは怪力だったし、たまに予想もしていなかった動きを見せる。それは、格闘技の枠に収まらないものに見えた。

 応樹にとってクレメンスは、人間の可能性を感じさせてくれる選手だった。

「目に焼き付けてやんなきゃな」

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