別離

7-1

「いやあ、庭付きとは」

 ジムは、芝生の上に椅子を置いて座っていた。

 彼が借りたのは、アパートの1階だった。景色がいいわけではないが、そこそこ広い庭があり、部屋もきれいだった。アイランドキッチンにバスタブもあり、バイトをしていた時代には考えらなかった住処である。

 クレメンスとの約束を果たすため、しばらくの間は新居を探していた。負けたとはいえ、メジャー団体の契約料はこれまでとけた違いで、一気に収入は安定した。ただ、いつまでこの状態が続くかわからないので、ローンを組んで家を買う、というのは怖かった。

 上を向くと、どんよりと曇った空が広がっていた。

「いつまで続くかねえ……」

 ジムは、ため息に近い言葉を吐いた。

 彼は、続けることを選んだ。敗北のショックはあったが、まだまだ1敗しただけだ。

 レリンはThe Bestで負けた後、続けなかった。もともとやめ時を探していたのかもしれない、とジムは考えた。

 先日の大会では、40歳で勝利した選手もいる。その彼は生涯で何敗もしているし、今ではすっかり動きも衰えた。しかし今も鬼気迫る表情で闘っている。

 やめ時は、自分で決めなければならない。ジムは、常にそのことと向き合わなければならないのが億劫だった。




「俺は、あと一年ぐらいで会長をやめようと思う」

 食事会の席で、スラン会長が言った。

 ジムに所属するほとんどのメンバーが参加していた。皆がスランの顔を注視した。

「まだまだ元気じゃないですか」

 一番古株の男が笑いながら言ったが、スランの表情は崩れなかった。

「やれるだけやる人生でもないからな。現役だってきっともう少しはできた。けどよ、気持ちがやめる方に向く時ってのがあるんだ。トレーナーとしてもそうだな。チャンピオンも出た。そろそろかなあ、って感じなんだ」

 そう言ったスランと、ジムは目が合った。何回か瞬きをした後、ジムは小さく頷いた。

 二人で話し合ったわけではなかったが、バザルアジムを継ぐのはジムであるというのは共通した認識だった。スランは普段から、教え方を教えたり、将来の方針についてジムに語ったりしていた。クレメンスが代表者になるとは誰もが思っていなかったし、指導者になるかすら怪しい。ただ、ジムの下でなら働こうとするかもしれない。クレメンスの未来を考えても、ジムが後任者になるのが適切だと誰もが思っていた。

 そしてジム自身も、そのような未来に現実味を感じていた。今は実績と知名度を溜めて、未来に投資する時期なのかもしれない、とも考えた。

 あのハイキックが、何かを決めてしまった気がした。ジムはまだまだ現役は続ける気でいるし、勝つつもりでもある。ただ、どうしようもない敗北が再び襲ってくるかもしれないと思うと、「やめ時を知りたい」とも思った。

 スランは、逃げ道を作ってくれたのかもしれない。

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