6-2

「クレメンス、そろそろお前の家を探そうか」

 夕食の席で、ジムは切り出した。クレメンスは、フォークをつかもうとした形で固まった。

「別荘を持つということか?」

「いや、本宅だよ。お前はもうチャンピオンで、自立した人間だ。俺といる必要はないし、この部屋じゃ不釣り合いだろ」

 クレメンスは部屋を見回して、その後ジムを凝視した。

「もともと、不釣り合いだった。俺が暮らしたところは狭くて汚くて、暮らしにくかった。ここは夢のような世界だ」

「それは、お前が自分の生かし方を知らなかっただけだ。ここは、夢の通過点に過ぎない」

 ジムは、ぼんやりとクレメンスを見ていた。

「ジムだってそうじゃないのか」

「どうだろう」

「わかった。ただ、お前だけここに残るとは言わないでくれ。二人とも、新しい家をさがそう」

「そうだな」

 ジムは残る気満々だったが、約束は守らなければな、と思った。そして、そう思わせてくれたことに感謝した。




「いやあ、久しぶりだな」

 ジムはそう言って、グラスを掲げた。彼の前には、飛びぬけて長身の男が座っていた。ジムは185cmあるが、彼よりも10cm以上は高い。

 名前をクロセントという。ジムの高校時代のクラスメイトで、一時期はバスケットボール部の仲間でもあった。

「ああ。まさかこうして再会する日が来るとはな」

 クロセントはグラスに口をつけた後、サラダを大きな口で食べた。

「元気でやってたか」

「まあ、それなりに。一度大きな病気をしたよ。今は回復した」

「それはよかった」

 二人の会話は、どこかぎこちなかった。ジムは必死で思い出していた。こいつとは昔、どんなことを話してたっけ? 高校生の頃は、周りが敵だらけに思えていた。競争しても、勝てない相手。クロセントは当時すでに飛びぬけて長身で、部活のエースだった。みんなから注目されていたし、当然のようにモテた。常に「控えの1番手」のようなジムは、違う世界の存在として認識していた。

「まあ、こういう幸運もあるんだが。一選手として、お前には期待している」

「あー……ありがたいんだが、お前の立場をまだ詳しく理解できてないんでね。なんで俺に声をかけたんだ?」

 クロセントから連絡を受けた時、ジムは困惑した。卒業以来、思い出すこともなかった相手である。

「スカウトをやっているんだ」

「そうなのか。俺、バスケなんてとうに辞めたぞ」

「もちろんバスケじゃないさ。The Bestのだよ」

 格闘技興業の名前が出て、しばらくジムは固まった。全く予想していなかったのである。予想していたのは別の種類の勧誘であり、出費や入信は絶対にしない、と心に誓っていたのである。

「上手く呑み込めん」

「まあ簡単に言えば、今もし何らかの専属契約をしていたら、破棄してThe Bestと契約してほしい。駄目だった時はそれで問題ない。俺はThe Bestとは公的には何の関係もない人間で、ただの与太話をしただけってことだ」

「エージェントなのか?」

「まあ、そんな感じだ」

 引き抜きは後に禍根を残し、そのせいで期待されながら永久に実現不可能となったカードもいくつかある。

「お前は使い捨てなのか? 格闘技と接点なんかなかっただろう」

「ずっとスポーツやってりゃ、色々あるだろ。なかなかの実績だぜ、こっちでは。そのうえ今回は交渉相手がお前ときたもんだ。神に感謝したよ」

 ジムは嘆息した。自分が引き抜きを勧誘される日が来るとは思っていなかったし、面倒くさいことに遭遇してしまったというのが本音だった。

「今のところであと3試合することになっている。それも待ってくれないのか?」

「ああ。話題は新鮮なうちがいいらしくてね、スプーキイ・クレメンスの兄貴分」

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