5-7
「運がよかった、というだけではないな」
タクシーの中で、ジムはクレメンスに言った。
「いや、良かった」
そう言うと、クレメンスは自らの右肩に視線を落とした。
先日の試合、1ラウンド終了時にクレメンスは脱臼していたのである。左足の使えないアルエスと、右手の使えないクレメンス。試合が続行されていれば、どちらが勝っていたかはわからない。
だが、アルエスにとって、スープレックスを失敗したとは相当ショックだったのだろうとジムは考えていた。総合格闘家になる前から磨いてきた技が、大事なところでうまくできなかった。もしあれを出すために三角締めを餌にしていたとするのならば、作戦通りだっただけになおさら悔しいだろう。
クレメンスは、立ち続けることでチャンピオンになった。
「お前は根性を見せた。それで勝てたんだ」
「生きるためには立ち続けなければならない。まだ立てたから」
「そうだ。それができる奴は強い」
そう言いながらジムは、少し寂しさも感じていた。クレメンスはもともと別格の存在だと思っていたが、正式に王者になったのである。いくら勝ち続けていても、地味で期待されない存在の自分とは違う。相手の棄権により転がり込んだ勝利だとか、技術はまだまだ拙いだとか、すでに疑問を呈する声や批判する声も出始めている。ただそれは、話題にされている、ということでもある。
おそらくクレメンスはこれからずっと、強い相手と戦うことになる。「主役として」戦い続けることになるのだ。
ようやく決まったジムの次戦は、新人とのものだった。数合わせのような第3試合に、未来を感じられずにいる。
スラン会長はジムに、まだクレメンスとの同居を希望している。ジムよりもクレメンスに期待していることが、どうしたってわかる。
いっそ同じ階級ならば、対戦して敗北すれば、きっちりと負けを受け入れられるだろう。ジムとクレメンスが対戦することは、あり得ない。それこそ、殺し合いにでもならなければ。
「いつかアルエスと再戦するだろうと聞かされた。その時に勝てる自信はない」
クレメンスは下を向いて言った。
「それを乗り越えるために練習するんだよ。それがプロってもんだ」
「プロ、か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます