3-6


「お前は一番になれる人間じゃない」

 ジムは、かつてコーチに言われた言葉を思い出していた。

 それは決して、貶めるための発言ではなかった。

「だから、みんなをサポートできる人間になればいい」

 そう言われたとき、ジムはどこかでイラっとして、どこかでホッとした。一番になりたいという欲と、一番にならなくていいという安心がせめぎ合っていた。

 皆を支える立場になる。それを意識すると、見えてくることも多かった。それはよかったが、不満は残った。

 仲間と対立することもあった。そして、その時に彼は自らの意見を貫き通すことができなかった。

 個人競技は、その点気が楽だ。

 そう思っていた。ただ、レリンがいない日々は、「格闘技もみんなで戦っている」ことを実感させた。もっとサポートすることができなかったかと思い悩んだ。

 もちろんスラン会長初め、自分も周りに助けられていることはわかっている。それでも、「助けられていない」ことの方が、彼の心には突き刺さってくるのである。

「あの試合が最後は、駄目だよ」

 そう言いながらジムは、バーベルを持ち上げた。



「クレメンス、オファーがきた」

 スラン会長は、いつになく渋い表情でそう言った。

「そうか」

 クレメンスはそっけない。意味があまりわかっていないようだった。

「どこなんですか?」

 ジムが尋ねた。実際よりも五割増しほど興味がある口調だった。クレメンスの分を補おうと思ったのである。

「full moonだ」

「え」

「俺も聞き間違いかと思ったよ。こっちから直接行った奴なんて聞いたことねえ」

 full moonはアジアの格闘技団体だった。現在最もファイトマネーを出せる団体と言われ、有力選手の移籍も多い。

「すごいのか?」

 クレメンスが首をかしげる。彼は観戦に行ったことのない団体のことは全く知らない。

「すごいさ。全世界で第1試合からネット配信される。何回か勝てばグッズだって発売されるし、雑誌のインタビューだってあるだろう。プロでどれだけ勝っても行けないやつがいっぱいいるんだ」

「じゃあなんで俺が行けるんだ」

「今度こっちで大会をするんだ。その時にモンスターを発掘したいんだとよ。アマの試合に目を光らせて、そういうのを探してるんだ」

「相手はみな強いのだろう」

「そりゃそうだ。特にヘビー級はとんでもない奴が多い。それにリリースが早いのも特徴だ。勝てなかったり、つまんなかったりしたらすぐ切られる」

「それは嫌だな」

「そうさ。金にならないとわかれば、金はくれない。そういう世界だ」

「では勝たないとな。ジムに普段の生活の借りを返さないといけない」

 クレメンスがそう言って少し笑ったので、ジムは虚を突かれた。「少しずつ人間になっているのか。モンスターを求められているのに」と彼は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る