3-4

 ジムは、その光景を不思議な気持ちで見ていた。

 キラキラとした光は、リングを照らしているはずだった。そして今は、彼の姿を。

 彼にとってのプロ第2戦目は、判定決着にもつれ込んだ。試合は寝技の得意な者同士だったが、お互いに攻撃力よりも防御力の方が勝っていた。これといった決め手のないままで、第2ラウンドが終わったのである。

 三人のジャッジの票は別れた。ジムは、どのような結果になるか予想できなかった。

 名前を呼ばれたのはジム、相手、そしてジム。2-1で、ジムの勝利。

 まばゆい光が、リングの外へと向かっているように感じた。褒められた内容の試合ではなかったが、確かにジムは連勝した。次は、もっと光の当たる試合を組まれるだろう。多くの観客が、中継の先の人々が見つめる、そんな光あふれる場所。

 全身に冷たいものを感じた。もう自分は、引き返せないのではないか。総合格闘技の真ん中へと、押し出されていく。レリンのようにみじめに負けるかもしれない、逃げ場のない世界へ。

 ジムは様々なスポーツで、上手くやることができなかった。初めてつかんだ、まっすぐと伸びた成功への道。

 少し、からさを感じた。ゆっくりと唇をなめる。少しだけ、血が流れていた。



「クレメンスも、ついにだな」

 深夜のバザルアジム。残っているのはジムとクレメンスを合わせて四人だった。会長はもう帰っており、鍵はジムが預かっていた。

「ああ。特に変わらない」

 クレメンスはリングに上がり、ロープの感触を確かめていた。

「何をしてるんだ?」

「リングは不思議なところだ。逃がしてくれない」

「そうだな」

「父親は、逃げるべきだった。命を守るためには。リングは本当に逃がしてくれない。ただ、リングでは相手は一人だけだ。その意味ではこちらの方が楽かもしれない」

「楽、か。そう思うのなら、存分に楽しむことだ」

 ジムはリングのそばまで歩み寄ってきて、クレメンスを見上げた。

「レリンもジムも、楽しそうには試合をしていなかった」

「ああ。まだまだそういう域には達していない。弱いからだろうな」

「そうなのか」

「お前は強い。だから、気分の持ち様だと思う。試合だけじゃない。楽しんだらいいんだよ」

「……あまり考えたことがない。何かを楽しもうとしたことがない」

「それはもったいない。恵まれた体と才能。最高の会長やルームメイトとの出会い。楽しむための条件は整ったぜ?」

「考えておく」

 ジムは小さく鼻から息を吐いた。

「ああ、考えておくんだ」

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