3-2
「なんか、すがすがしい気分」
レリンは言った。そして、ジムに向けてほほ笑む。
今日は、スラン会長のほかにジムもセコンドに入っていた。「見栄えのする男性もリング下に一人いてほしい」という The BEST主催者からの要望があったのだ。
「すがすがしい?」
ジムが尋ねると、レリンは表情を引き締めた。
「そう。演じ切るのが楽しい、ていう境地ね。リングに上がってしまえば、自由」
「憑依して、強くなってたりはしないのかね?」
「そこまでの役者にはなれていないかな」
試合の時間がやってきた。レリンは、颯爽と立ち上がった。
見上げるリング。綺麗だ、とジムは思った。
レリンは背筋をぴんと伸ばして、相手に対峙している。ゴングが鳴るのを待つばかりで、もう演技をする必要はない。快活で前向きなレリンが、そこにはいた。
相手は、チャンピオンベルトに挑戦したこともある強豪だった。腕をだらんとさせて、軽くジャンプをしている。
ゴングが鳴った。
距離を詰める二人。相手のパンチが素早く何発も繰り出され、そのうちの一つがレリンの鼻先をとらえた。動きが止まるレリン。次々にパンチが当たる。レリンはふらふらと後ろに下がり、ロープまで追い詰められた。ガードを固めた上からもパンチが降り注ぐ。
レフェリーが二人の間に割って入った。開始25秒、レリンはKOされた。うつろな目をする彼女の鼻からは、血が流れだしていた。
「ジムは行かなくてよかったのか」
ラーメンを食べながら、クレメンスはジムに尋ねた。二人はホテル近くの日本食レストランにいた。
The BEST 15はバザルアジムから遠い場所での開催だったため、皆は泊りがけで来ていた。クレメンスはセコンドには入っていなかったが、「社会勉強だから来い」とスラン会長に言われてついてきていた。
「ああ。会長が付き添ってる」
「軽いけがなのか」
「わからない」
レリンは試合後、病院に向かった。骨に異常がないか検査しておいた方がいい、ということになったのである。
「あれは本当に適切な試合だったのか」
クレメンスは、汁に浮かんでいるガーリックの粒を見つめながら言った。
「適切、というのは難しいな。求められたとおりの試合だっただろう。誰もレリンが勝つなんて思っていなかった」
「彼女自身もわかっていたのか」
「そうだろうな。勝つつもりではあっただろうけど。あまりにも実力が違いすぎた」
「脱臼した選手もいたし、担架で運ばれた奴もいた。今日の試合が最後になるっていう選手もいるんだろう」
「そうだろうな」
「それでも、格闘技は魅力的なんだな」
「……そうだ」
二人は食事を続けた。
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