第19話 第1章ー⑱

 奴の言ってる事が本気で理解出来ずにいる。あの結界からは逃げられない筈。それに、さっきまで奴の姿は確認してある。また適当な事言ってやがるのか。


 「『私の影魔法の特性は全ての影を手中に収め、意のまま変幻自在に扱える事。影を使い生物を生成する事も当然可能ですが、それだけではありません。私自身を他の影に移動する事も可能なんですよ』」


 「?! どういうことだ?」


 「『その特性を使って逃げたのですよ。彼の影に』」


 「っ?!」


 適当な事を言ってるようにも思えた。しかし、あの状況を見ている自分にはなんとなく理解出来た。その言葉に嘘はない。


 他の影への移動。つまり他者の影に移動する事も当然可能だ。父は背後から殺された事を考えると、背後の影に移動したというのもあり得る。


 「じゃ、じゃあ、あの時の魔法は…」


 「『魔法? ああ、アレはただのブラフですよ』」


 「な…に?」


 「『影を集めてそれっぽい形に成形しただけのただの塊ですよ。どうでした? それっぽく見えたでしょう?』」


 「…」


 驚愕の事実を聞かされ言葉を失ってしまった。あれだけ巨大な影の塊を容易に集めてしまう奴の魔力量が計り知れない。しかもよれが攻撃魔法でもなんでもないときた。


 「『彼の実力を認めた事は事実です。だからこそ正面を切って戦うのは危険だと判断しました。となれば、如何に彼を欺いて殺すか考えましたよ。中途半端な陽動は通じる相手ではありませんでしたし。そこで私は、全力を出したフリを演出した。魔法と言葉を操り、彼に信じ込ませた。正々堂々と渡り合える相手だと。案の定彼は私の真意に気づかないまま全力の魔法をぶつけた。そっちに居たのは分身体だというのに』」


 「くっ!?」


 奴の話を聞いていて、段々歯がゆい気持ちになってきた。奴の言葉が真実だとしたら、実力だけなら父は負けてはいなかった。上手くいけば勝てていたのかもしれない。


 「『彼の敗因は相手の言葉を受け入れてしまったこと。ただそれだけです。といっても、殺し合いの場では些細なことが死に繋がる。君にとってはいい学びを得ましたね。まあ、だからなんだという話ですか』」


 「っ?!」


 話を終えた魔物は、こちらに歩いてきたかと思えば、通り過ぎた。一体どこに行こうと…


 「いゃあああああ!?」


 「っ?! お母さん?!」


 しているのかと奴の方に視線を向けようとしたそのとき、母の叫び声が聞こえてきた。気が付くと、巨体の魔物が母の髪を引っ張り押さえつけられていた。しまった、父の死があまりにもショックで、母の事をおざなりにしてしまっていた。相手の話を聞いてる場合じゃない。せめて母は自分が守らなければ。


 「『さて、この勝負、私が勝利したという事で…』」


 「や、やめぐっ?!」


 慌てて母を助けようとしたが、後ろから何者かに蹴飛ばされ前のめりに倒れてしまった。いつの間にか他の魔物達もここに近づいていたようだ。


 「くっ、そっ、があっ!?」


 背中の痛みを堪えながらなんとか起き上がろうとするも、魔物達に押さえつけられてしまった。魔力は大したことはないが、腕力なんかじゃまだまだ向こうに部があって、振りほどくどころか全く抵抗出来ない。寧ろ抵抗すれば抵抗する程痛みが増してくる。


 「『戦利品はこの村の全て。元々略奪目的で来たわけですし、勝ち負けもなにもありませんが。まあ、君が私を倒せれば話は変わってきますがね』」


 「くっ、そおぉっ」


 奴に煽られるも、なにも出来なかった。今の自分にはただただ涙を流す事しか出来なかった。


 こうして自分達の平和な日々は突然幕を閉じられ、地獄の日々が始まっていくのだった。。


 ―転生勇者が死ぬまで、残り8169日

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