第9話 第1章ー⑧

 「聖なる守護神よ。絶対の防御を誇る御身の防壁で親愛なる者達を守りたまえ。【絶防結界アブソディ・セマ】」


 戦いが始まる前に、こっちは防衛用の結界を半径50メートル程の規模で張った。防衛用といっても、俺の身を守る為ではなく、二人の為であり、村の為でもある。俺が本気で戦ったら、周りにも被害が及んでしまう。今この状況で二次災害は抑えておきたい。


 しかし、迅速に奴を倒して、早く他の所の加勢に行かなければ。この村は魔物も滅多に出ないような平和な村だ。護衛する者が居るとはいえ、戦闘の経験が浅いほぼ素人同然の冒険者を安い金額で雇っているだけだ。こんな状況に対処出来るとは思えん。だからこそ、俺が早く援護に向かわなければ。


 「『さて、準備はもう宜しいのですか?』」


 「…随分と悠長だな」


 「『ええ。最初に仕掛けたのは私の方ですからね。今度はそちらからどうぞ』」


 それよりもまず、目の前に居る敵。こいつを倒していかなければならないが、相当厄介な敵だ。


 奴がいきなり出現した時、奴の魔力を一切感じられなかった。今は肌でも感じられる程の禍々しくて強大な魔力を奴から感じられるのに。一体どういう理屈なんだ。


 エイシャと名乗る奴は完全にこちらを舐めきっており、俺の言葉を無視して逆にこっちを煽るような仕草を見せてくる。


 「なら、遠慮はしないぞ」


 「『全然構いませ…』」


 だが、その余裕な表情をしている時が好機。相手が悠長に返答しようとしている最中、俺は既にエイシャの首目掛けて剣を振っていた。


 「くっ!?」


 「『ふん』」


 しかし、最初の一撃を入れた時と同様、手応えは全くなく、エイシャの頭は紙切れのように宙に浮いた後、何食わぬ顔で胴体の所に再び接合していく。やはり、ただ斬るだけでは倒せないか。


 「なら」


 「ッ!?」


 剣での近接攻撃は無駄だと判断した俺は、脱兎跳躍で少しだけ距離を取る。


 「爆ぜる焔よ、きゅうとして聚合しゅうごうし、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん、【火球フレール】!」


 距離を取った後、剣を前に突き出して魔法の詠唱を唱える。近接攻撃から魔法攻撃に切り替えた。結界の関係上、距離をあまり取れない為、詠唱有で8割までが限界だ。だが、この結界からは逃げきれない。


 「『ふっ』」


 「ッ!?」


 だが、エイシャは逃げる様子もなく火球は直撃…したかのように見えたが、火球はエイシャの身体をすり抜けていき、後ろの結界に触れて爆散。いや、すり抜けたというより貫通したというべきかだろうか。奴の身体は風穴が開いたかのような穴が出来ている。当たる直前に自ら作ったのか。


 「『残念。この程度の魔法なら避けるまでもありませんね』」


 エイシャは煽りながら穴の開いた身体を元に戻した。あんな自由自在に身体を変形出来るのは、スライム系統の魔物ぐらいでしか見たことがない。だとしたら、奴もその系統なのか? そういう風には見えなかったが。


 だとしても、気になる所はいくつかある。まずは奴等はどうやってこの村に侵入出来たのか。いくら村の防衛が心許ないとはいえ、これだけの魔力を感知出来ないわけではないはずだ。しかも複数。


 魔人や魔物といった魔族系統は、人より魔力量が高い。魔力の質そのものも人とは違うから、初心者の冒険者でも気づかない筈がない。万が一気づかないにしても、俺が先に気づいて連絡している。


 だが今回の場合、俺ですら気づけなかった。こう見えても、魔力感知はそこそこ得意な方だ。調子と条件が良ければ、半径1キロまでなら魔物を感知出来る。まあ、騎士団に入っていた頃に比べたら、調子が良い時はあまりないのだが。


 それでも、この異質な魔力に気づかない程落ちぶれてはいないと思っている。いや、そこまで落ちぶれていないと断言する。この前だって、珍しく村の近くに出現した【赤火猪レイア・ボア】の群れの気配をいち早く察知し、村の冒険者達と討伐した事がある。あの後、村総出で猪鍋でパーティーして盛り上がってたなぁ。


 その話はともかく、これだけの魔力を隠していた方法が気になる。それも奴の魔法なのか?


 「『どうしましたか? もう打つ手は無くなってしまいましたか?』」


 「くっ!?」


 奴について色々考えていると、エイシャは挑発してくる。くそ、奴の事を色々考えているとキリがない。さっきの火球も効かないしどうする。


 「…今はゆっくり考えてる時間はないな」


 いや、分からない事をいつまでも考えてるわけにはいかない。サダメやステラ、村の皆が危険に晒されてるんだ。悠長に考えてる時間はない。


 そう思った俺は、剣の炎の出力を上げる。ここで立ち止まって考えるより、とにかく攻めて弱点を探る方が手っ取りばやそうだ。


 「行くぞ!」

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