第27話 【MOVIE6】イキたくない
あれから、10日以上たった……と思う。
寝てないし、日付を見てないから正しくは分からない。
<ピコッ>
スマホの通知音が真っ暗な部屋に鳴り響く。
『例の動画、1000万再生超えたぞ!』とメッセージ。
項垂れる身体を起こして、リンクをタップすると動画が再生される。
……耳にあいつらの声が入ってくる。
今思えば、真衣との記録はこれしか残ってないのか。
「……なんで、こんなもんしか残ってねえんだ……。」
悔しい、悔しい、悔しい……。
気づけば、2つの液体が手に着いていた。
……久しぶりだ。この虚しさ。
バイト漬けの頃はイヤな事がある度にこれに逃げてたのに。
……そうか。
イヤじゃなかったのかもな。あいつらと過ごす日々が。
眼の潤み、手の濁り。
辛いことが起きた時、人はこれらを分泌する。
反射的か能動的かの違いはあるけれど、こいつらは似た者同士だと思う。
なのに、人は前者は清いものと捉えて、後者を汚いものと唱えるんだ。
……酷いよな。人って生き物は。
虚しさと同時に、疲労に苛まれた俺は眠りについた。
<ピンポーン>
……誰か来たらしい。音で目が覚めてしまった。
けど……出る気力は無かった。
<ピンポーン><ピンポーン><ピンポーン><ピンポーン><ピンポーン>
……うるさい。睡眠ぐらいさせてくれ。
間切の過激ファンが来たのだろうか。
真衣を……あんなにした奴だ。報復してやろうか。
……いや。
奴らの気持ちも……今ならちょっぴり分かる。
大切なものは失ってからその尊さに気づく……。そいつを俺は知った……。
あいつらにとって間切の唇は……とても尊いものだったんだと思う。あの偉そうな態度は理解出来ないけど……。
だから……殺されに、行ってやるか。
生きる理由も無いし。なんかもう、楽になれるなら何でもいいや。
<バタン>
「うっせーんだよキモオタ野郎」
「……は?」
ドアを開けた先に居たのは―――――
間切の過激ファンじゃなくて、間切本人だった。
いつもの制服ではなく、いつか出会った時と同じ白いコートだった。
「……なんだ、お前か」
「あたしじゃ悪いわけ?」
「じゃあな」
<バタn―――――>
ドアを閉めようとしたら、間切の足に止められた。
「ちょっと、面貸しなさいよ」
「……俺、ボコられんの?」
「ちがう! 出かけるからついてきてってこと!」
「そんなん、藍那かキヌエについてってもらえばいいだろ」
「……あんたじゃなきゃ、ダメなの。」
「は、意味わかんねーよ」
「いいからくんの!」
――ぐいっ
パジャマの袖を間切に引っ張られて、半ば強引にはドアからアパートの廊下までつまみだされた。
「こんなことしたって、俺、ついてなんか行かな――」
そう言いかけた時だった。
<ゴッ>
間切の回し蹴りがきゅうしょにあたった。
「なっ、何すんだ!」
「……好きなんでしょ、これ。」
「―――――は?」
たしかに、『回し蹴りが好き』とは言った、言ったけど……さ!
「あんたが元気出るまで蹴ったげるから。」
<ゴッ>
<ゴッ>
<ゴッ>
いってぇ……。容赦なく本気で蹴りやがって……。
「わかった……わかったよ! ついてくから! もうそれやめてくれ……。」
また盗撮されたら間切に迷惑がかかるともちょっと考えたけど、どうでもよく思えた。
「じゃ、そのダサいパジャマ、着替えて。あと、頭ボサボサでキモイからシャワー浴びてきて」
「はぁ?、めんどくせーな」
「あたしの隣を歩きたいなら、そんぐらいして」
……何でそんな上からなんだ。
「……待たせたな。」
俺は白ベースのシャツの上に黒のジャケット、ネイビーのデニムに着替えて間切に姿を見せた。
「ちょっと、意外。……あんたの服、イケてるじゃん(安物臭いけど)」
「ふん、たりめーだろ。真衣が選んでんだk―」
……思い出して、しまった。
「悪い。やっぱし俺行く気失せた」
<ゴッ>
間切が回し蹴りを膝に食らわせてきた。
「……は? 何すんだ!」
「言ったでしょ。あんたが元気出るまで蹴ったげるからって。」
なんだよそれ、励まそうとしてんのか、俺を蹴りたいだけなのかどっちだ。
どっちにせよ、このままじゃ蹴られ続ける。
「行く気戻ったから、蹴るのはもうやめてくれ」
……俺の身体のほうが持たなそうだ。
「それなら、よし。」
と間切は微笑む。
その笑顔は正直、可愛かった。顔だけだけど。
俺と間切は階段を降りて、アパートの前まで来た。
「チャリ出して」
「……悪いけど、今チャリ漕ぐ気力とかねーんだよ」
「じゃ、あたしが漕ぐ。 あんた後ろね」
「……それなら、いいけど」
俺たちは走り出した。
<グラグラ>
「なんかめっちゃグラグラしてんだけど?」
「しょーがないでしょ! 二人乗りなんて初めてなんだから」
「遅いから安定しないんだ。もうちょいスピードをあげろ」
「でも、スピードあげたらこわいじゃん!」
怖いのはグラグラチャリに振り回される俺の方なんだけど?
「怖いのは最初だけだ、じきに慣れる」
「あんた何言ってんの!? 変態!バカ!」
「……? 訳わかんねえよ、いいからスピードあげてくれ」
「……分かったわよ」
<ギュン>
急加速して、物凄い超スピードで走るチャリ。
電信柱に頬が掠めた。
「ちょっ!? 殺す気か!」
「スピード出し過ぎだ! ブレーキ使えブレーキ!」
「ブレーキってなに?」
「……は? ブレーキ何って何!?」
「ち、ちょっとド忘れしただけだから! はやく教えなさいよ!」
……ド忘れね。
「今握ってるハンドルの下にあるだろ、握れるつまみが。そいつを握れば止まる、あくしろ!」
「わ、わかったわよ」
戸惑う間切。
「おい、どうした?あくしろよ!」
「……こわい」
こっちの台詞だは。
「はやくブレーキかけてくれよ!」
「ム、ムリ。怖くて押せないいいいいいい」
「は? ざけんなよ!」
「なんとかしてよ、ばかぁ゛!!」
「はぁ!?」
なんとかしろつってもなぁ……。
チャリの進む先を見渡して俺は宣言する。というかしていた。
「突き当たりに公園あるだろ、フェンスあるとこまで直進な。」
「……わかった。」
「俺が『今』って言ったらハンドル離して股開け」
「な、何言ってんの!? 変態!バカ!」
「助かりたいなら言う通りにしてくれよ!」
「あ、あたし、まだそういうのはしたことないの!」
「こんな時まで訳わかんねえこと言うなよ!」
つーか、遅え。
もう真ん前にフェンスがある。
「今だ」
俺は間切を抱き抱えて、超スピードのチャリから飛び降りた。
<どしゃん>
チャリはフェンスに激突。
俺たちは地面へと放り出され、着地の衝撃と間切の体重(以外に重かった)に押し潰されそうになった俺は空気イスから正座へと崩れ落ちた。
綺麗な間切の髪から、いつものあまいかおりがして俺は惑ってしまう。
「どこ触ってんだバカっ!」
<――ゴッ>
うっ……。
「わ、悪い!」
なんで俺、助けたのに殴られてんだよ。事故だしそんくらいご褒美でいいじゃんか。
つーか、さっきまでイっちまって、行きたくなんかなくて、逝ってもよかったのに、どうしてこんなことしてんだ。情緒不安定なのかな、俺。
俺は間切の身体から手をどけて、チャリを起こした。
「お前、自転車の運転酷すぎだろ……。」
「し、仕方ないじゃない! あたし、自転車なんて乗ったの初めてだし……」
……は?
「そんなの、無理に決まってんじゃん」
「だって! 最初から出来ないって決めつけたら絶対出来ないじゃない。」
うわぁ……。どっかで、同じような台詞聞いたな。
「もう無理しなくていいよ、俺、漕ぐから。 どこまで漕げばいい?」
「臨海公園」
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