第44話 呪い

 心臓の音が耳まで聞こえてくるようだ。

 全身に血が巡り、身体中が全力で起き上がったように感じる。

 今までにないほど神経が研ぎ澄まされている。余計な邪魔も今なら気にならない。


:いや、まともに攻撃食らってその後普通に立ってるけど?

:血も出てないんだが

:どうしてそんなに戦えるんだよ

:自分から狂人の道を歩み出してるぞ

:やっぱりそっち側じゃんかよ


「もう終わり?」


 僕が問うと、黒騎士の体はびくりと震えたように見えた。

 落ち着かない様子で僕を見ては所在なげにしている。

 なんだ? 何か変なことでもあったか?


:さすがにカンモンボスも困惑してるw

:え、なんで立ってんの? って反応してるよ

:これはモンスターへの同情を禁じ得ない

:まあ、あの一撃は致命傷だと思うよな

:これはキラースクリーマーちゃんが悪い


 もしかしたら、一人ずつ倒す時の演出なのかもしれない。

 その隙が今目の前にいる黒騎士の低ランクダンジョンに出てくる所以ってところだろう。

 なるほどなるほど、それなら納得だ。僕もまだ経験の浅いFランク、お互いの実力は五分って気持ちでやろう。


「まだいけるだろ? 来いよ」

「……」

「ふっふっふっ」


 僕の読みはきっと当たっていたのだろう。黒騎士は油断なく、今度は攻撃箇所をずらしながら僕に対して連続の突きを放ってきた。

 今度の攻撃は次に狙う場所が読みにくく、そして先ほどよりも早い。少しずつでも確実に僕を倒す方針に変えたようで、すぐに槍を掴むのは難しそうだ。


 全ての攻撃を的確にかわしつつ、僕はこちらからの攻めに転じるため、一度大きく後ろへ跳び黒騎士から距離を取った。

 遠距離攻撃はないとわかっている。だからこその一手。

 ここから魔法による反撃に絡めて打撃を入れよう。


「なっ」


 だが、僕の予想に反して黒騎士は遠距離投擲用の武器を持っていたようだ。今までそんなものを見せてこなかったのに、いきなり真正面から黒い球が飛んできた。鉄球などではない。それは黒騎士の頭部だった。

 ただ、虚をつかれたものの、頭部を投げての攻撃など造作もない。

 僕は飛んでくる黒騎士の頭部を素手で打ち返すためその場に構えた。その時、甲冑の奥、怪しく光る黒騎士の瞳と目が合ってしまった。

 途端、僕の意識と関係なく、膝からその場に倒れ込んでしまった。


「力、が……」


 何もされていないはずなのに、急激に体から力が抜けていくのがわかる。指の一本を動かそうとするだけでとんでもなく重労働になっている。そのうえ、動かないでいるせいで末端から少しずつ体が一気に冷えていく。まるで雪の中に倒れ込んでしまったかのように全身が冷たく寒い。


「どう、して……」

『呪いの類だと思うのだよ』

「呪い……?」

『この場の雰囲気、あの騎士の容姿、どうやらまともな騎士じゃなかったってことなんだろうね。今のは単なる攻撃じゃないのだろうな。いずれ死に至るものか、それともただの麻痺程度のものか。いずれにしろ、キラースクリーマーちゃんの身体能力で回復するものじゃないのだよ』

「そんな分析、聞いたところで……」


 呪いは解けない。体は動かない。


:呪いって解除するためには特殊な魔法が必要なんじゃないの?

:まあ、それがパーティを組むべき理由よな

:呪われたソロは死ぬってこと……?

:え、じゃあキラースクリーマーちゃんも終わり?

:待って、これ、敗北ないよね?


 このままいけば敗北必至。


 きっと頭を下げてでもミクルメクミラクルのみなさんのパーティに入れてもらうか、仲間になれそうな人を紹介してもらうべきだったんだろう。そうすれば、

 おごっていたつもりはないが、それでも、こんな初歩的なミスで死の際に立たされているのだから、否定はできない。


 勝利を確信したように、黒騎士はゆったりと僕に近づいてくる。


「アイス、アイス」


 僕はなんとか抵抗しようと魔法の詠唱をしてみたが、魔法生成AIすら起動しなかった。


「ここまで、か……」


 魔力を魔法に変換する事すらできず、完全になす術がなくなった。


『何を諦めているのだよ。そんな訳はないだろう』


 なぜかそう断言する無神原の声が聞こえてくる。だが、今回ばかりは無神原の言葉を信じることはできない。


「呪いを解けるような魔法はない。僕が使えるのは炎と氷だけ、そうだろ?」

『ふっふっふ。探索者殺し博士をあなどってもらっては困るのだよ。非常用に使える魔法はすでに魔法生成AIへ一通り収めてあるのだよ』

「……は?」

『こんな時のために!』


:どんな時だよ

:AIそれ、本当か?

:冗談じゃないよな?

:なになに? どういうこと?

:助かるってことなの?


「それを先に言え!」

『だって、こういう時に言わないと地味だから』


 こんのクソ発明家!

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