第32話 無神原キャッシュ
気づいたらギルドを出るのが遅くなってしまった。
なんでも、僕が遭遇した探索者は結構な有名人で、いろんな人に目をつけられている要注意人物だったらしい。
そんな要注意人物に絡まれたとあって、僕も要注意という扱いを受けたってところだ。
早く一般人になりたい……。
『今回も災難だったねぇ』
気味の悪い笑い声を漏らしつつ、スピーカー越しに無神原の声が聞こえてきた。
サポーターという割に、僕をからかう以外の仕事をしていないような気がするんだが。
「おかげさまでな」
『君の立ち回りだろう?』
こいつ。
しかし、無神原には少し聞きたいことがあったんだった。せっかくだし聞いてみるか。
「そういえば、あの時の間はなんだったんだよ」
『あの時?』
「あっただろ? カンモンを抜けた後の戦闘中」
シチュエーションとしては、本当にグランド・ゴブリンってことでいいらしい巨大ゴブリンに対して、僕が魔法生成AIによって凍結を試みた時のことだ。
あの時、怒っているのかと思ったらそうではなく、それでも反応に間があった。それがなんだったのかと気になっていたのだ。
『ああ。あの時ね』
「忘れてたのか?」
『君に指摘されるほど間があったかな?』
「あったよ。てんてんてん、ってなってたからな」
『それは、君の魔法生成AIの使い方に感激したからかな』
「感激?」
なんとも無神原らしくないワードセンスだ。
こんな何もない時に、僕に対して「感激」なんて、そう出てくるワードじゃない。
「なんだよそれ」
『実のところ、私の目算では君がやったみたく、威力を最低限に絞ることはできない作りだったはずなんだよ』
「どこかで似たようなこと言ってたか?」
『言ったかもしれないねぇ。ただ、できないはずだったのはたしかさ。現に、他の場面では過剰威力を指摘されていただろう?』
「あれは、お前の発明だからじゃないのか?」
『それはあるけど、君の出力的にも抑える方が難しいんだよ』
半分は僕のせいと。
にしても、意識しないで使った時のほうが威力が高いってのも面白いもんだ。それも、設計として無神原が組み込んでたわけじゃないってんだからめずらしい。
『やはり君は私の想定を上回ってくれるね』
「なんだよ。今日はやけに上機嫌じゃないか」
『そりゃ、君みたいなヤツと組めて誇らしいからさ』
なんだよ。本当に昨日のことが嘘みたいに上機嫌みたいだ。僕をほめるなんてそうそうないのに、褒め言葉のオンパレードじゃないか。
「なんだよ。うまいもんでも食ったのか?」
『いいや? どうしてそんなことになるんだい?』
「だって、めずらしくほめるじゃん」
『そうかい?』
すっとぼけているのかなんなのか、無神原は自覚がなくほめているらしい。僕を操ろうって魂胆の時はもう少し怪しさが出る気がするのだが、今のところ特に裏もなさそうだ。
なんでだ?
『しかし、いつも助けられているからね。君のおかげで完成させられた発明は数え切れないほどだ』
「なんだよ。たいていベータ版だって言うくせに」
『そのつもりで作っているが、どこかで区切りもつけるからね。その区切りにたどり着けるのは丸木のおかげさ』
なんかやりにくい。これはこれで調子が狂うな。
いつももっとお互いにぞんざいだろうに。なんなんだ。
『感謝と思いやりが大事だからね』
「急にうさんくさくなってきたな」
おっと、そうこうしていると無神原のアトリエについてしまったらしい。
今回は素直に扉が開いてくれた。本当に、僕のアピールがうまくできていなかったことは気にしていないらしい。
帰路での会話は嫌味でなく本心で言ってたってのか……。
警戒しちゃうな。感謝とか言ってたし……。
「さて、棍棒はあるかい?」
「見ての通りだよ」
波川さんにプレゼントしたのに棍棒ちゃんは置いていかれてしまったので、泣く泣く僕が回収してあげた。
せっかく人が恩返しをしたというのに、それをなんだと思っているのだろう。ダガー使いでも棍棒くらい使えるだろうに。無理か?
「他の荷物もまとめて差し入れだよ」
「いやしかし、今回も大量だねぇ」
「まあ今回の分と以前の分の合算ではあるからな」
未だミクルメクミラクルのみなさんに対しては恩が借金状態だ。こちらは僕が受けてる状態。どこかで返済したいのだが、いい案が浮かばない。
ひとまず、ドロップ品を全て回収しないことには関係をチャラにはできまい。
「棍棒が何かに使えるのか? 今の僕には絶対関係ないだろ」
「そう思うかい? なら、次回までにいいものを用意しておいてあげよう」
ニヤニヤといやらしく笑う無神原。
絶対ろくでもないことを考えているに違いない。そして、巻き込まれるのは僕なんだ。
「期待しないで待っておくよ」
「そうそう。出る時に言っていたが、資金は君の口座に振り込んでおいたよ。自由に使ってくれて構わない」
「なんの話?」
「探索用の資金だよ」
「振り込んだって?」
ギルドを出る前にはそんなことになっていなかったはずだ。さすがに変な入金があれば気づくだろう。となると、明日かな?
「いや違う。このカードを使ってくれ」
と、なんだか切れ味が良さそうなカードを渡された。
「ひとまず300万までなら一括で払えるはずだから」
「さ、300万? お前、僕に何をさせる気だよ」
僕が受け取るまいと一歩離れると、無神原は身長差が縮まったことをいいことに、僕の両手を取って無理やりカードを握らせてきた。
至近距離でニヤリと笑われると心臓の跳ねる感じがする。
「いつものことだよ。それとも、いつも以上をお望みかな?」
「怖えよ。いつもで頼むよ。こんなんないだろう」
「まったく、そんなに警戒しなくてもいいだろうに」
「警戒するよ」
人の気も知らないで。僕と同じ目に遭ったら……、スキル無効だから無事なのか……。
こいつとは、どこまでも感覚が平行線だよな。いつになったら分かり合える日が来るのだろう。
「そうだ。明日の学校は一緒に行ってくれるよな。色々変わってるし、理解があるヤツと一緒のほうがいいだろ?」
「学校? どうして私が行かないといけないんだい? 君のためにもサボるに決まってるだろう」
「話聞いてた? 僕のために来てほしいって言ったんだけど」
「だから、誰が行っても同じなんだから私しかできないことをするために学校はサボるって言ってるだろう? いつもみたいによろしく頼むよ」
「お前、いつもならそれでもいいけど」
「それじゃあ」
「あ。おい。どこ行くんだよ!」
無神原はアトリエの奥へと引っ込んでいった。
重そうに棍棒を引きずりながら……。
バシバシドアを叩いてもびくともしない。自らのスキルを応用した発明なんだろう。きっと僕じゃどうやっても破壊できない。
「この、裏切り者ー!」
そういうことかよ。僕に優しくしてたのは! 絶対無神原の尻拭いなんかしてやらないからな!
ああそうかよ。いいよ。勝手に帰ってやるよ。
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