第10話 彼らの代わり

 本山冬夜の顔が脳裏に焼き付いて仕事に集中できないまま、1週間が経とうとしていた。三浦蓮の稼働時間を少なくするためのスケジュール管理もしているが、なかなか思うようにいかない。ああ、三浦蓮が二人いればいいのに、なんてどうしようもない考えばかりが浮かんでくる。

 撮影されたメンバーの写真チェックでは、どうしても本山冬夜の顔を見てしまう。こんなんじゃ仕事にならない。でもやらなければ…


 スマホでパラパラと写真をめくる。どの写真もみんなかっこいい。あ、ぬいぐるみを持っているパターンもある。かわいい。このぬいぐるみ、ファンの子たちほしいだろうな…


 …ん?


 そうか、ぬいぐるみだ…!


 彼らの代わりはいない。でも、彼らの分身だったら作れるかもしれない。

 PCを立ち上げ、企画書を作成する。


“ 「プラネット・ファイブ」イメージキャラクターの起用案について”



 「イメージキャラクター…ってなんだ?」


 社長は椅子にもたれながら、ホットアイマスクを目の上に置いている。机の上に置かれた企画書には一度も目を通していない。


 「いわゆる、彼らの“分身”です。ファンの子たちは、メンバーが所持しているものは自分も所持したいという欲を持っている方が多いです。それがさらに、メンバー自身が認めた彼らの“分身”だとしたら?彼らを家に置いておくことも、一緒に旅行に行って写真を撮ることも可能になります。ぬいぐるみだけではなく、ステッカーやキーホルダー、アクリルスタンドなどにもグッズ展開ができ、会社的にも多くの利益が見込めます」

 「アクリルスタ…?なんだって?」

 「とにかく、かなり儲かるんですよ!」


 社長には利益が上がることを強調して伝えたが、真の目的は彼らの稼働時間の削減だ。“分身”を起用することで、彼ら自身の撮影時間や番組などの収録時間を減らすことができる。

 ビジネスの鉄則、「外部リソースの活用」で「人材不足の解消」である。


 良くも悪くも、この世界には「イメージキャラクター」の概念はまだないようである。社長のOKがもらえれば、革新的なプロモーションとなり、きっと成功する。


 「そんなもんに誰が金を払うんだ」


 社長はまだアイマスクを取らない。


 「ファンの子たちです」

 「お前にファンの気持ちの何がわかる?」

 「私もファンだからです…!!」


 大きな声を出してしまい、驚いた社長がようやくアイマスクを外した。


 「…プラネット・ファイブのマネージャーになる前、あるアイドルのファンをやっていたんです。そのアイドルが出ているメディアは全部見ていました。彼らはたくさん働いていて、でも、全部終わりがくるんです。ラジオもテレビも配信も、観終わってしまう時が必ず来る。そんなとき寂しさを覚えて、私、自分で勝手に推しのぬいぐるみを作ったんです。いつも持ち歩いて、寝るときも一緒で。そうしたら、なんだか安心できるようになって。彼らの出ている番組を観終わることも、寂しくなくなったんです」


 「おまえさぁ」


 呆れた顔で企画書をめくる。


 「仕事を私情で決めるな」


 そう言いながらも企画書に添付したイメージキャラクターの案を見ている。


 「…予算は500万だ。3日で売り切ったら追加予算を考えてもいい。もし1か月で売り切れなかったら、覚悟しておけよ」


 「ありがとうございます…!!」


 まだ何も始まっていない。でも、初めて自分の仕事に満足できた気がした。

 社長の気が変わらないうちに、社長室を出た。


 「わぁ!」


 急に目の前に何かが現れ、ぶつかってしまう。額がぶつかってしまったにもかかわらず、痛みは感じなかった。目を上げると、メンバーの一人、木野慎太郎きのしんたろうがいた。


 「三森さん、ちょっと相談があるんだけど、時間くれる?」


 なんだかちょっと、嫌な予感がする…

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