第41話 メディコン奇譚3(断腸の笑い)
2022年 7月11日
寄せられた「ポエムメール(訂正)」の反響のなかに、「すごく、攻めていますね」という指摘があった。
思わぬ過大評価に、ラマは複雑な気持ちになる。
たしかに、水面下で朝熊が「理事会決定」を「忖度」に修正することで「ITTありき」をもみ消そうとしているという前提に立てば、そう見えるだろう。しかし、それは立証できることではないし、今やどうでもいいことでしかない。ラマにしてみれば、2つの氷山の間にある不整合を放置している自身の怠慢が、送信先の人たちに対して不誠実に思えただけのこと。ポエムメールの前提が変更された以上、それは更新されなくてはならないと考えたに過ぎない。
ラマの休暇中、朝熊が個別に関係部署を個別に訪ねていたらしい。
さしずめ「ITTありき」の始末を終えて「ITTとの今後」を整地して回っているのだろう。
情報センターにも打合せの打診があり、打合せ資料が送られていたのを知ってはいたが、新潟で猛暑にあえいでいたラマはそれを開くこともしていなかった。
昼食を終えて、ラマは休暇中に届いた1G用のメディコンの設置作業に入る。中継地点を含めて三箇所を慌ただしく駆け回ることになる。初夏とはいえ、LANラックが設置された狭いEPS内での作業は肉体的には過酷だ。それでも、この種の仕事には喜びを感じる。大学での30年はラマにとって、確かに幸福だったと思える。
旅行で軽くなった頭のなかに越後平野の田園風景が広がっている。思考は変わらず停滞気味ではあるが、変数と定数が整理されることで、暗い海を座礁に怯えながら航海するような感覚は蒸発している。
夕方になって、朝熊とメディアセンターの白鹿事務室長の二人が訪ねてきた。バクとラマが応対し、四人で情報センターのラウンドテーブルを囲む。
二人の持参してきた資料は、概要、設計ポリシー、導入機器、管理ソフト、ネットワーク構成図、成果物、運用設計、作業スケジュール、完成後の運用体制など、提案書のレベルをはるかに超えた完全な仕様書となっていた。
資料の日付は、5月11日とあった。リセット会議のはるか前に、すべてが完成していたのだ。
資料の「概要」の欄には「10G接続の希望もあったが、WAN側が1Gの通信となっているのでLANのみで10Gとなるとボトルネックとなってしまうため、今回は1Gで対応」とある。
「『末端まで10G』の話が『3棟の棟間だけ1G』とは、ずいぶん小さくなっちゃいましたね」
自分の言葉に対する乾いた笑いが増殖し、ラマは一人で笑いが止まらない。
「もともとWANのボトルネックを解消するための、WAN回線を2重化して負荷分散する提案を、拒否したのはITTの方じゃないですか」と、要求仕様書を遠藤と二人で作成したバクは冷めた口調で指摘するが、そこにはもう何かを主張するといった熱意は込められていない。
「でも、ITTはこれがいいって言うんだから、」という朝熊の言葉を、笑いを止められないラマが涙目で遮った。
「棟間1Gで済む話なら、もう実現してるよ」
見積りによれば1500万円相当の光ケーブル敷設工事による1G化は、20万円のメディコンで、1時間前に実現している。
2022年 7月14日
ラマがメディコンを設置した3日後、部課長会議資料が回覧され、「ネットワーク改修工事の委託業者がITTに正式決定したことが通知された。
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