終りへの繰り返し

第39話 兇弾と路上ライブ

2022年 7月 8日

 ラマと芸人の元気いいぞうは、深夜の関越道をひた走り、明け方の越後川口SAで休憩を取ることにした。

 大きくうねる信濃川は朝もやが流れ、それを眺めながら元気いいぞうがヨガともストレッチともつかぬ体操をしている。

 二人は参議院選挙で柏崎刈羽原発の再稼働に反対する椿議員を応援する路上ライブのために、新潟市へ向かっている。

 運転で疲れた身体を休めるため、ラマはベンチに横になり目を閉じた。ほんの一瞬、夢を見たような気がする。ぼんやりと目を開けると、朝日が昇り元気いいぞうの姿が逆行で影になり、妙に神々しい。


 新潟市のネットカフェで仮眠をとり、昼過ぎから人通りの多い場所を探して歌い、歌っては移動する。

 移動中のクルマでラマの妻から電話が入った。

「安倍、殺されたってよ」

「はあ?」

「マジですかね、それ・・」

 答えようのない元気いいぞうの質問に、茫然となったラマは、なんとか言葉を吐き出した。

 「あいつが入るべきは刑務所であって、棺桶じゃないのに・・」


 夕方には正式に安倍晋三の死亡が報じられ、椿議員の演説が予定されている新潟駅北口で二人が歌っていると、芳野友子労働組合連合会長の応援演説が始まった。

 動員された人混みで姿がよく見えず、「誰ですかあれ?」とラマが聞くと「知らないのか、芳野会長じゃないか」と教えてくれた男性に「あー。えでもあの人、自民党支持じゃないんですか?」と聞き返すと、周囲の人たちが爆笑した。

 やがて椿議員が現れて壇上で話を始めたので、路上ライブを終えた二人は少し離れたベンチで周囲を見回す。元気いいぞうの歌を面白がっていた女子高生が遠くから手を振るのに応えながら、ラマは総理の訃報に触れて過激な行動に出る輩がいないかを見守る。


 椿議員の街頭演説は無事に終えたが、街頭ライブの意欲は萎えた。弔い選挙が絶対的に有利なのは全国共通。ましてや田舎の選挙区では勝ち目がない。世論調査では椿議員が追い上げ、わずかなリードを得たところだった。


 翌日は長岡市に移動して、議員秘書が教えてくれた場所で失意のまま路上ライブを終え、夕日を背にどこまでも続く田園風景のなかを走り、東京を目指す。

 湯沢町を過ぎると空気が変わり、窓を開けると山の風が入り、元気いいぞうは深い眠りに落ちていく。


 空き時間を待っていたかのように、ラマの脳は仕事に戻る。しかし、情報は限られているし、その情報も確かな情報と真偽保留中の情報に彩られている。旅の疲れもあり、それらを整理して、状況を把握しようという気力までは、起こらない。

 関心事に対しては執拗に分析的になるラマの性分は、興味のない事に対して極端に無関心になる傾向がある。街頭ライブを終えてみると、仕事のことは後者に収納されていた。


 クルマが関東平野に入ると、水面下の出来事に関心を失ったラマの脳は突然、2つの氷山の間にある、ラマ自身による重大な不作為を発見した。





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