ラウンドテーブル

みやもとかいば

夜明け前

第1話 議員会館の件(くだん)

2017年 4月14日

 参議院会館でラマは700ページの資料と格闘していた。

 森本問題を追求する椿議員が取り寄せた財務省のLANシステム仕様書に目を通し、気になる点に付箋を貼っていく。目の前には椿議員とラマを引き合わせた楓氏が、黙々とパソコンのキーを打っている。

 明日の国会質問に間に合わせるには、二時間以内に「資料は廃棄した」という財務省の証言を突き崩すポイントを見つけ出さなくてはならない。


 運用手順書ではなくシステム仕様書を出してくるあたり、明らかに財務省は何かを隠している。隠されているものはシステム仕様書からも当然、隠されている。700ページの中に有るべきものが無いことを示すポイントを見つけなければならない。与えられた時間は2時間。

 緊張の汗をかきながらラマは、内田百閒の短編、「件(くだん)」を思い出していた。人の顔をした牛、「件」は生まれると不吉な予言を残して死ぬ。村人たちは、それを聞き逃すまいと緊張しながら件を囲む。ところが生まれた件である百閒は、発するべき予言がみつからない。山が赤く染まり、夜明けが近づいてくる。


 二時間が過ぎ、議員会館の「件」は応接室を出た。重い空気の部屋から重い頭と資料を抱えて、椿議員の部屋へと向かう。廊下の空気が涼しく、エレベーターを待つ間、静かに安堵の深呼吸を繰り返す。

 ラマと楓氏に加え椿議員と秘書の4人でテーブルを囲み、付箋の箇所を順に説明していく。

 方針は決まった。財務省全体に渡る大規模システムでデータのバックアップが無いはずはない。納入業者のホームページには、小規模、中規模、大規模と規模に応じたLANシステムのイラストの片隅に、相対するバックアップ機器が描かれている。

 日本有数の大規模案件である財務省のシステムだ。そこに不備があるはずがない。

 

 結局、数日の有給休暇とITに関する知識を提供し、どれほどの貢献ができたのかは心許ないが、ラマは充分に満足した。

 自分の身の丈を超えた仕事を背負い込むべきではないし、常に期待する結果が得られるわけではないことを、3.11以降に参加するようになった市民運動やデモからラマは学んだ。

 彼が憲法12条を愛するのは、憲法の保持に求められる国民の「努力」について、「不断に維持できる程度にしておきなさいよ」、「頑張りすぎは良くないからね」という戒めにも聞こえるからだ。



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