一つ屋根の下、二人で。
すいようえき
二人の関係
第1話 私たちの関係って…?
キーンコーンカーンコーン―――
ついに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「うわ、もう終わりか。じゃあここまで、号令なしで」
そう言って日本史の担当教師はさっさと教室から出て行った。
学校中が騒がしくなる。
ガヤガヤとした教室の中で、俺は椅子に座ったままふうぅぅーと大きめの息を吐いた。
「あーきーひーろっ‼」
背中に突然の衝撃。平手打ちである。
「ぃぃいいっっった…」
俺は思わずこの痛みの原因を求めて振り返った。
女の子が一人、ニヤニヤと笑いながら立っていた。案の定である。
「おいっ!
「あはは、ごめんごめん」
サラサラで細い、腰くらいまである長い黒髪に、見たものの心を奪われるように輝く、アクアマリン色の青空のような瞳。そして、控えめではあるが、確実に主張を続ける胸元と、短くも上品さの残る長さのスカート。
続けて質問が来る。
「それでさ、今日、家まで一緒に帰らない?途中行きたいとこあるの」
首を傾げ、人差し指を顎に沿わせながらいたずらっぽく俺に質問した。
「えーっと…今日月曜か、了解」
「ありがとっ、じゃあ放課後ね!」
彼女はくるりと身をひるがえして後ろの方にある自分の席へ帰って行く。
それを見送ると同時に、俺はなんだか周りからの視線が痛いことに気が付いた。
「おい…山下ぁ」
「な…なんだよ…」
左側の席の高橋が話しかけてくる。
「いやなんだよじゃねーーーーよ!おま、自分たちが言ってることわかってのかよ!学校の教室の中で、真昼間からよお…。なーに堂々と不純異性交遊の約束してんだよ!俺は風紀委員だぞ!見逃さねーからな!」
聞き飽きた言葉に、はあ、とため息をつく。
「だから全然そんなんじゃないって」
「なーにがそんなんじゃない、だよ!高校生の男女が放課後二人で家!しかも運動勉強なんでもござれの安藤と…、こんなん言い逃れできないに決まってんだろ⁉」
「いや、だからさ?そもそも俺と椎は―――」
ガラガラガラガラ―――
言い返そうとすると、扉が開いて担任が教室に入ってきた。
「はーい終礼するぞー、座れー、静かにしろー」
高橋は少しだけ身をこちらに出して、小声で「感想教えろよ」と言ってきた。
面倒だったので、うんともすんとも言わず呆れ顔だけを返した。
そんなことがあるはずがないのにな。
だって俺と椎の関係は―――
「ねえ
「椎がこうしたんだろ…まだ固いんだから、もう少しがんばってもらうぞ」
俺は腰の下あたりにあるものを取り出す。
「え…?さっきのは…?」
「さっきのは半分、これで全部だ、いくぞ…」
「うそ…そんなに入れたら…」
俺は入れた後、深く底をかき回し、そうして再び椎の口元に運ぶ。
「ほら…飲んで…」
「んっ…晃弘…やっぱり、しょっぱいよ…」
おいおいおいおい。ちょっと待ってくれ。お前たち、何か勘違いしてないか?
確かに、俺と椎は二人きりで家にいる。
加えて、もちろん俺は高橋が言っていたように、そういうことにも興味のある普通の高校生である。
極めつけには、椎は容姿端麗な美少女である。
しかしだ、俺は決してお前たちが想像するようなことをしていない!
俺たちがしているのは―――
「ちょっと待って晃弘!カレー、なんかシャバシャバになっちゃったよ!」
「嘘だろ!やべえ、水入れ過ぎたか!」
「ど、どうしたらいいかなぁ?」
「えーっと、ちょっと待てよ?」
スマホを手に取り、カレーの水っぽさの対処法を調べる。
「小麦粉…小麦粉がいいらしいぞ!」
「小麦粉ね!よし!」
椎は小麦粉の袋を手に取り、少しずつ鍋に入れていく。
「あ、水で溶くらしいわ」
「え?」
俺の発言に一瞬気をそらした椎が、意図せず小麦粉をダバーッと一気に流しこんでしまった。
「「あ…」」
二人して声が漏れる。そうして訪れる静寂。
「はあぁ~~~だめだぁ~~~、また失敗しちゃったぁ~~~」
小麦粉まみれでうなだれる椎。
「せっかく二人で重い荷物もって帰ってきたのに…ぜんぶおじゃんだよぉ~~~」
「仕方ない、俺がなんとかしとく、風呂入ってていいよ」
「え?晃弘、料理なんてできないでしょ?いつもみたいにカップラーメンとか袋麺とか嫌だよ?」
「いや、ちゃんとしたやつだよ。任せといてくれ」
うわ、真っ白だぁ、とぼやきながら、椎は風呂場に向かった。
俺はそれを確認して、外に向かった。
はあ。
カレーがおじゃんなのはまだしも、片付けが大変そうなのがすげえだるい。
「ねえ、晃弘?」
「どうかした?」
「さっき、ちゃんとしたものって言ってたよね?」
「まあ、言ったな」
「これ、ちゃんとしてなくない?」
椎は机の上の自分に出されたものを指さしながらジト目で俺を見つめてそう言った。
「何言ってんだ、コンビニ弁当はちゃんとしてるだろ?」
「いやちゃんとしてないでしょ⁉」
「まあまあ。毎日麺類だと体に悪いからさ。たまにはコンビニ弁当でも、ってこと」
「コンビニ弁当も体に悪いよ!そもそもコンビニ弁当ってのはねぇ―――」
「じゃ、いただきます」
永遠に続きそうな椎の文句はそこそこにシカトして、俺は弁当を食べ始めた。唐揚げを一口食べた瞬間、感動した。
「うまっ…」
親が作って行ってくれた飯を一週間ほど前に食い切ってからのここ数日、朝はパン、昼も購買のパン、夜は大体麺類、といった不健康極まりない生活を送っていたため、久しぶりのまともなおかずに、腹だけでなく心まで満たされる思いである。
あまりに美味しくて、白米もどんどん進んでいく。
椎はいまだにあーだこーだと文句を言っていたので、スススッと彼女の分の弁当をこちらに引き寄せた。
「これももらうな」
「あっ、私のハンバーグ!ダメダメ!」
椎は勢いよく俺の手から弁当を取り返し、箸をとって食べ始めた。
俺とは打って変わって、椎は全く弁当へのリアクションがなかった。機嫌もさっきとそれほど変わっておらず、あからさまにしょんぼりしている。
「はあ…どうする?これから」
「あー…まあ、そうだなぁ。二人とも部活の日はどうしても料理は難しいしな…」
「いや、ご飯ももちろんだけどさ?学校生活というか、その…なんていうか…」
「ん?」
「だからね?」
椎は突然箸をおいて机の向かいに座る俺の方へ身を乗り出した。
少し、ほんの少し、頬が赤く染まった顔で俺に問いかける。
「私たちの関係って…ど、どんなかな?」
「どんな、っていうのは…?」
「…私たち、こ、恋人…なの?」
ここまで明言していなかったが、俺と椎は一つ屋根の下、寝食を共にしている。いや、語弊があってはいけないので弁明するが、同じ部屋で寝たりはしていない。
しかし、俺たちの関係は恋人、なんてそんなに綺麗で単純なものではない。
「恋人じゃ…ないだろ」
俺がそう言うと、椎は乗り出した体を椅子の上に戻しながら、こう言った。
「だぁよねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
満面の笑みである。
「よかったぁ!」
「なんだよ急に」
「いやー、私たちなんだかんだこんな生活始めてもう一か月じゃない?」
「そうだな」
「なんか学校でも付き合ってんのかな?みたいな噂流れ始めてるし…否定するのも面倒だから放っておいてるけど、もし晃弘が彼氏面してたら最悪だなーって」
そんなことをしそうだと思われているのが心外である。
「そういう風に見られたくないんなら、学校での関わり方には気をつけろよ。あんなに堂々と俺と喋ったらそりゃあ変な勘違いも起こすだろ」
「でも、悪い気はしないでしょ?」
そう言って、椎はニコニコしながら再び箸を手に取って弁当を食べ始めた。
「んー♡ハンバーグおいしー♡」
箸を持っていない左の手を頬に当て、美味しそうにコンビニ弁当を食べる美少女の姿は、どうにも異様な光景だった。
そんな彼女を見て、俺も再び箸を進める。
「今日も外いくの?」
食べている最中に話を振られたので、俺は首を縦に振って肯定の意を示した。
「じゃあ、私も連れてってよ」
口の中のものを飲み込んだ俺は疑問を口にする。
「別にいいけど…そりゃまたなんで―――」
「ありがと!じゃあ着替えてくる!」
いつの間にか弁当を食べ終えていた椎は、俺の言葉には一切耳を貸さず、階段をどたどたと上がって部屋に向かった。
(あいつ、早食いだよな…)
そう思いながら、俺がまた箸を口元に運ぼうとしたその時、
「よし行こう!」
椎は着替えを済ましてリビングに帰ってきて、腰に手を当て胸を張っていた。
「いやはええよ」
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