十六話 アイスクリーム


 マギーがタルトに頭から突っ込んでいる。凄い勢いだ。タルトは春の湊亭で宿のおばちゃんから貰ってきた。普通は宿の客にしか出していないが、珍しいものを見せてくれた礼だそうだ。それと妖精は珍しいから権力者が隷属させてペットにしようとしてくるかもしれないから気をつけろとも言われた。


 門で使われた魔道具のようなもので検査されたりするかもだし、隷属のスクロールは管理が厳しいんじゃないかと言うと、妖精は人族ではないから関係ないそうだ。それに検査用の魔道具は一般には善悪の度合いを計るものと言われているが、内実は秘匿されており、基準がわからないらしい。それに権力者なら抜け道はいくらでもあるんじゃないかと言われた。


 どうしようかと悩んだが、マギーがこうすれば良いわよと言って姿を消した。魔法のようだった。姿を隠すだけでなく、嗅覚や索敵の魔法などによる感知も防ぐとの事だった。まあ絶対ではないが。試しに索敵してみると、なんとなく何かがいる事が分かるくらいだった。ハイレベルの魔術師相手だと少し危ないかな。念のためマギーに魔法耐性をかけておく。忘れないようにしよう。


 門や街中に出ず、お菓子と言われて心当たりがあったここに直接飛んだが、幸いだったかもしれない。まあ、いくらか人目に触れたが。尋ねられたら、飽きたらしく帰ってしまったと言おう。


「はぁ〜食べた食べた。生地も良いけど中の果物も悪くないわね。人族の手が入るとやっぱり違うわ。普段はそのまま食べるだけだしね」


「喜んでくれてよかった。これぐらいの値段なら毎日でもいいぞ」


「毎日同じ物だと飽きるから色々買ってね」


「探してみるか。それとそうだな。自作するのもありか」


「なに、あんたお菓子を作れるワケ?」


「実際に作ったことはないけどだいたいの作り方なら知っているから、なんとかなるんじゃないかな」


「不味いもの食わせたらあんたをおもちゃにするわよ」


「こっちでも味見はするから心配するな」


 小説を読むのが趣味の一つだったが、たまに異世界で元の世界の料理や菓子を作るという展開があったので、大体のことは覚えている。直接ネットで調べたりもしたな。確か砂糖と卵と牛乳と生クリームがあればいい。


 ん、生クリーム?生クリームってどうやって手に入れてたっけ?確か牛乳から脂肪分を分離したものだっけか。脂肪分が濃いとバターになる。


「リアナ、シーラ、生クリームって知ってるか?動物の乳から脂肪分を分離したものらしいが」


「私は存じておりません」


「わたしも知らないけど、分離したり濃縮したりは錬金術でも使うから多分できるはず」


「お、じゃあ材料を揃えるか」


 それから卵と砂糖と乳を買いに行った。追加で必要そうな調理器具も。砂糖が少し高かったがそこは諦めた。帰ってきてシーラに試してもらうと最初はバターを作っていた。次に脂肪分を下げてもらうとそれっぽいものができたのでよしとした。当たり前だが、牛乳の総量と比較して生クリームは少量しかできなかったので、牛乳を追加で買いに行った。


 ちなみに買う時に聞いたら、乳は牛のもので、卵は鶏のものだそうだ。そう翻訳されたが、実物がどんなものかは分からない。異世界だしな。家畜化した魔物の可能性もある。卵は元の世界のものより大きく、牛乳は灰色で真っ白では無かった。


 頭に記憶の中の作り方を思い浮かべる。ところどころうろ覚えだな。頭脳を明晰にする魔法は無いだろうか。試しによく創作で出てくる頭の良い人物の描写を思い浮かべて魔力を頭部に集中させる。お、次第にうろ覚えだったものがはっきりしてきた。いけそうだ。


 それから記憶を頼りに三人で調理をし、金属製の大きなお椀にはアイスのようなものが出来上がっていた。小分けにして三人で口に入れる。


「おっ、美味しいです」


「すごい」


「ん、自作でこれならマシな方じゃないかな。普通に食える」


「私にもよこしなさいよ!」


 マギーが飛んできたので匙ですくって差し出す。口をつけたマギーは雄叫びを上げた。


「んまぁ〜い!」


 叫んだ後は貪るように頭を突っ込んだ。味には満足したようだな。もう食べ終えたか。催促してきた。せっかくだし俺の分は全部あげよう。


 分量や調理法を工夫したり、バニラなんかの香り付けがあればもっと美味しくできるかもしれないな。


▪️


 次の日、商人ギルドのザックさんに会いに行った。


「また何か発明されたとか。それも菓子だと」


「はい、こちらになります」


 収納からいくつかのアイスクリームが入ったお椀、取り分け用の木ベラ、小皿と匙を取り出す。


「こっちは基本のもの、こっちは甘い匂いがするハーブティーを入れたもの、こっちは甘い香りのお酒を混ぜたものです。ご賞味ください」


「いただきましょう」


 まずは基本のものに口をつけたザックさんが目を見開く。食べ終えた後、残りの二つも皿によそう。ザックさんは全てを味わった後口を開いた。


「これは凄いですな。氷を砕いて果汁や蜂蜜と合わせたぐらいのものは既にありますが。とろける舌触り、なめらかな甘さ、心地よい冷たさ、実に素晴らしい」


「これって特許とかとれるんですかね?料理だから無理かな?」


「いくつか条件がありますが可能です。ちなみにこれはどのようにしてお作りになるのですか?」


 ザックさんに作り方を説明した。魔法だけでなく、氷に塩を混ぜて容器を冷やす方法も伝えた。氷自体をどうやって作るのか考えたらアレだが。


「再現性もある、と。アレンジも色々効くのですね。大丈夫です。早速申請にとりかかりましょうか」


 また色々書類を書く羽目になった。知らない言語や文字が分かるようになる魔法が無かったら大変だったな。鑑定もそうだが、知識はアカシックレコードとかから引っ張ってきているんだろうか。ちなみに鑑定をした時はすごい長い説明文が並ぶので、自分にとって重要でないところは意識から省いたりしている。全部読むと疲れるしな。


 特許使用料はトランプの時とは少し変わった。また別の見積もり方が発生するようだ。飲食店の経費の割合ってどんなもんだろ、これで採算とれるのかな。


 ちなみに生クリームの作り方を伝えた時は、その程度でいいのなら稼ぎの悪い錬金術師の収入源になるので、魔術師ギルドに恩を売れると言っていた。魔法周りの仕事は大体は魔術師ギルドが所属する者から税を受け取るらしい。


 後から試してみたら生クリームを使わなくても作れなくもなかったので、そのレシピも記載しておいたのだが。まあ生クリームを使った方が美味しいが。


「ちなみに特定の店や団体にだけ、特許使用料を安くすることってできます?」


「可能ですが、ご知り合いが? 必要であればそちらのみの専売にする事もできますが」


「専売にはしなくてもいいんですが、使用料を安くできたら少しはお礼になるかなって思いまして」


「そうですか、では手続きの際はまたお申し付けください」


 働いてた女の子が冷やした水を凄いと言っていたから、氷結魔法を使える従業員はいないかもだが、魔道具があるかもしれない。一応聞いてみるか。


 宿に飛んでおばちゃんに聞いてみる。アイスクリームも添えて。


「こいつぁすごいね。で、これの使用料を安くしてくれるって?」


「おばちゃんやその関係者が使うぐらいならゼロにしてもいいよ」


「うちには保存用にある程度冷やすのと腐るのを防ぐやつ、火を炊くやつしかないからねぇ。凍らせるのはちょっと値が張るねぇ。材料費もそうだし。他に息子やいとこが経営している、ワンランク高い宿とレストランがあるんだが、そっちでも使っていいかい?それならかなり良い投資になりそうだ」


「それぐらいならいいよ。おばちゃんが大商会の経営者とかじゃなければ」


「はは、こんな普通の宿にそんなやついないよ。しかし妖精の扱いについて軽く説明しただけなのにあんたも律儀だねぇ」


「下手したら命に関わってたからね」


「そんな大袈裟に、と笑えないところが厄介だね。一応あの時通りがかった客には口止めをしておいたよ。妖精ならもうどっかに帰ったから言いふらして迷惑はかけるなと言ってある。まあ気休めだがね。一緒にいたあんたの黒髪も目立つし。何かあったらすぐ逃げるんだよ」


「そうするよ」


 その後、春の湊亭とおばちゃんの家族が経営してる店の特許使用料をゼロにする旨をザックさんに伝え、処理をした。


 それとさっきは言い忘れていたらしいが、トランプについて。とある商会が材質や装飾、図柄に凝ったものを職人に作らせたら早速一人貴族が釣れたそうだ。高級品でも売り上げに対する特許使用料の割合は同じなので、貴族や金持ちに広まるのを楽しみにしていてくださいと言われた。


 これから貴族に気に入られようと、商会同士が熾烈を極める、よりハイクオリティな商品製作争いを始めるらしい。貴族同士も知り合いの持っているものの出来が良いと張り合おうとする。相乗効果だそうだ。


 それと、最初に貴族に売り込めた商会は身内でしてね、とザックさんは笑った。特許が通った後、ギルドの規約には抵触しないようにしながらできるだけ早く動き、高級品製作を始めさせたらしい。アイスクリームもこれから発展系を料理人に色々考えさせていくらしい。頑張ってくださいと伝えた。


 その後、相続の事も思い出したので、シーラへの相続の処理も行っておいた。冒険者ギルドへ行ってそっちでも。シーラはあまり表情が変わらないので何を思っているかは分からないが、淡々と処理をしていた。


「リアナは分け前が減るのは残念だろうが我慢してくれな。一緒に戦う仲間だしな」


「いえ、特に残念などとは。シーラさんの力がなければ生クリームも作れませんでしたし。私だけ何もご協力できていませんし」


「トランプ作りを手伝ったじゃないか。まあ不満がないならいいんだ」

 

▪️


 家で夕食を食べ終わった後、マギーはひときわはしゃいでいた。


「これからアレのいろんな種類のものが作られるのよね。楽しみだわ〜。ただの暇つぶしのつもりだったけど来てよかった」


「アレ以外に簡単そうなのは大して知らないけどな。後はプリンとかそれぐらいか?」


「まだあるの? そのプリンとかいうやつも作りなさいよ」


「今度な。こっちは既にあるかもだから、あったら買うか」


「必ずよ」


 その後マギーは大人しくなった。ちなみにお菓子以外はいらないとの事で、夕食時は余ったアイスクリームを食べていた。妖精は糖尿病にならないのかね?


 夕食を終え、本を読みながらゆっくりしていると、シーラとリアナが何かコソコソ話をしていた。悪口とかじゃないよな・・・。まあ悪口でも少しくらいは発散しないとよくないかもしれないから気にしないでおこう。奴隷、基本死ぬまでやめられないブラック企業(夜は別のお仕事もあるよ)とかアレだしなぁ。手放す気にはなれないので、もっと待遇に気を使うか。


 しばらくするとシーラが近づいてきてこちらの腕を掴みこう言った。


「しよっか」


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