第10話

「本当、仕方ないやつ」


「……」



フッと降ってきた小さな笑い声に胸がくすぐったく疼いた。


馬鹿にされた。ムカつく。でも、彼の首元から漂う上品で爽やかな香水の香りが妙に好みだ。



「……あんたが婚約者じゃなきゃよかったのに」


「……」



——……あんたじゃなかったら、きっとこんな苦しい思いはしなかった。


朦朧とする思考。雲の上を歩くような浮遊感。ギリギリのところで繋ぎ止めていた感情が、無意識下で口から飛び出していく。


消えゆく意識のなか、最後に見た海里の顔は何故だか悔しそうで。


それはずっと見たかった表情のはずなのに、実際に見るとこちらの胸もギュッと悲しくなった。



「こんなになるまで頑張るなよ、馬鹿」


「……うぅ、」


「悪いけど……俺は、お前でよかったよ」


「……」



小さく囁かれた彼の声が耳に届くより早く……私は意識を手放した。

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