第4話

 こっそり抜け出して辿り着いたドリンクバー。ボタンを押すと甘ったるい匂いと一緒に飲み物が出てきた。


 『萌葉もえはの歌上手いな』


 さっきの光景が蘇る。

 カラオケで高得点を出して、水無月くんに褒められて、吊り目を嬉しそうに細めて。


 そう喜ぶ彼女に私を追い詰めた『あの日』の冷たさはなかった。



 萌葉と呼ばれた吊り目の子。

 彼女は水無月くんに片想いしているらしい。それも中学の時からずっと。

 数年にもわたる片思い。彼のことが大好きで、彼のために努力をして、それでも実らなくて。


 そんな時に、あの手紙が見つかった。


 差出人は誰か。恋を邪魔するのは誰か。

 必死に探す彼女の前に偶然、容疑者がいたなら……


 納得はしたくない。

 けど、攻撃的になる気持ちは分かる。



 「はぁ」とため息が溢れた。


 今日は中間テストのお疲れ様会。未緒くんのフォローもあってクラスの女の子はもちろん、未緒くんのグループの人たちとも仲良くなれた。萌葉ちゃんとの関係も順調。


 だからこそ、気を抜けない。

 楽しむことより、不快にさせないように。さらには男に媚びていると思われないように。


 きっかけは唐突で意味不明だから。


 満杯になったグラス。もう注ぐ必要はないから、どけないと。

 分かっていても、まだこの場所にいたかった。


 「大丈夫?」

 「え?」


 思わず振り向く。

 みんなの所に戻りたくない。1人でいたい。


 そんな私の元にヒーローは現れる。


 「……うん、平気!」


 いつでも笑顔を貼り付けられる。だから、さっきの表情は忘れて。

 だって好きな人に迷惑かけたくないから。


 敵を作らないための『いつも』の笑顔。

 他の人ならいけるのに、君は誤魔化せない。


 「嘘、つかないで」


 静かな声だった。

 目を見つめ、落ち着いた口調で。

 それだけで仮面は剥がれる。


 「嘘って……ちょっと考え事してただけだから」

 「悩みなら聞くよ」

 「そんな! 悩みなんて大袈裟なものじゃないし」

 「……悩みって?」

 「ん? 何で? 未緒くんは関係ないよ」

 「そっか……でも悩んでることは否定しないんだね」

 「……」


 言葉に詰まる私。その反応を見て未緒くんはニヤリと笑う。


 「……意地悪」

 「ごめんね。でも僕、普通に性格悪いよ。人裏切ることだってするし」


 そう言って笑う未緒くんを見るだけで、心が少し軽くなる。やっぱり君は私のヒーローだ。


 「あ、やっと笑った」

 「え?」

 「ずっと不安だったんだよ。溝口さん大丈夫かなって」

 「……」

 「それより玲央の恋路を邪魔しに行こー! いい加減あの空気限界だし」

 「わー、やっぱ意地悪じゃん!」


 放課後にカラオケに行き、ドリンクバーの前ではしゃぐ。くだらないけど少し特別な。

 そんな私の『日常』がただただ楽しかった。

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