第5話

 ベッドで君の好きな漫画を読む。

 教室で偶然みんなで漫画の話をしてて、流れで君の好きな漫画が聞けた。

 何気ない普通の雑談。きっと誰も気にしてないんだろう。でも私は違う。


 去年からずっと未緒くんのことが気になっていた。でも関わる機会がなかったから、いつも遠くから見ているだけ。

 漫画だけじゃない。好きな曲も、好きな女優さんも、好きな芸人さんも。

 君の好きなことが知れるだけで私の心は簡単に舞い上がる。


 忘れないようにタイトルを頭の中で反復して、授業中も忘れないようにノートの端っこに小さくメモした。

 タイトルしか知らない。ジャンルもあらすじも何も知らない。ただ共通の話題が欲しかったから。

 そんな下心から読み始めた漫画を今日も少しずつ読んでいく。もっと一緒に話したくて。


 今日は未緒くんに似たキャラが活躍する回だった。癖毛も目元も話し方までそっくりなキャラ。


 明日学校に行って、どこまで読み進めたか話そう。盛り上がったシーンを語って、好きなキャラの話をして――


 『癖毛好きなんだよね。漫画でも現実でも』


 さらっと言えば、少しは意識してくれるのかな。


 用がないと連絡出来ない。だから妄想で我慢する。私は意気地無しだから、そんな関係が続くんだろうと思っていた。


 だから本当に驚いた。



 『起きてる?』


 画面上部に表示された好きな人の名前。

 もう寝ようかなと思う感情も、漫画の中の熱い展開も、1センチ程度の表示バーには勝てない。

 少し姿勢を変えて、メッセージを開く。布の擦れる音がやけに大きく聞こえた。


 『起きてるよー。どした?』

 『ちょっと電話していい?』


 慌てて体を起こし、髪を整える。

 どんな姿だろうとスマホの向こうの人には分からない。私も他の人なら格好なんて気にしていなかったと思う。

 でも今スマホの向こうにいるのは未緒くんだ。彼との初めての電話はちゃんとしたかった。

 

 『いいよ』


 一呼吸置いてからメッセージを送る。するとすぐに電話がかかってきた。

 画面に表示された下の名前。まだ読んだことのない祥太郎しょうたろうの文字に口元が緩む。


 「もしもし」

 「もしもし。どうしたの?」

 「いや。少し話ししたいなって思って」

 「あははっ、何それ」


 たった数秒のやり取りなのにもう楽しい。電話越しに聞こえる声はいつもと違って感じた。


 今日あった出来事。みんなで話していた内容。少し先のイベント。


 他愛もない雑談なのに、壁にかけられた時計の針がどんどん進む。

 いつもならもう寝る時間だ。けど今電話を切ってしまったら次は、いつになるか分からないから。

 時間が止まってくれたらなんて、こんなに思ったことなかった。


 今日だけにしたくない。電話越しの声を誰にも聞かれたくない。私だけの特別になって欲しい。そして、同じくらい特別に思って欲しい。


 こんなワガママ、彼女になったら叶えてくれるのかな。


 傷つきたくない。でも友達で終わらせたくない。

 電話の向こうでそんなこと考えているなんて、未緒くんは知りもしないんだろう。


 脳をとろけさせながら電話をする。夢見たいに曖昧で温かくてふわふわした時間。


 それは唐突に終わりを告げた。


 「あのさ」


 短い言葉だった。たった3文字の言葉がこれまでの浮ついた空気を変える。


 「明日、暇? やっぱり直接話したい」

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