「お久しぶりね」~ あの日、私は先生に何をしたのか(短編)

小原ききょう

第1話 「会いたい人」と「会いたくない人」

◆「会いたい人」と「会いたくない人」


 生きていて、久しぶりに会う人間は、自分が望む人とは限らないのが常だ。

 私が会いたい人間は、遠い昔・・中学時代に恋をした少女だが、そんな人に会うことはない。永遠に会うことはなく、死んで灰になる。それが世の常というものだ。


 繰り返し思う。久しぶりに会う人間は、望む人ではない。

 長く会っていない人で会いたい人はいくらでもいる。

 例えば、学生時代、短いなりにもつき合っていた人や、仕事で世話になった人。長く会っていない親戚の人。更には、小中学校の担任の綺麗な女先生とか・・

 上げていけばキリがないほど、会いたい人はいる。


 その反対に会いたくない人も多くいる。

 会いたくない人間で、真っ先に思いつくのは、子供だった頃、私をイジメていた奴らだ。

 私は高校生の時、集団でイジメを受けていた。

 陰湿な嫌がらせは毎日のようにあり、集団で暴行、いわゆるリンチを受けたりした。


 人はよく、「そんな人間は、社会的地位を築いているはずがない」と言って慰めてくれる。けれど、会ってみないと分からないのもこの世の中だ。


 私には、こんな場面が想像できる。

「おお、北原じゃねえか」

 通りを歩いていると、ある男に声をかけられたとする。

 お互いに40歳だ。風貌が変わり、すぐには思い出せないが、高校生の時、集団で 私を虐めていた男たちの一人だと分かる。

「俺のこと、憶えているか?」男は一方的にしゃべる。

忘れるはずもない。松山という男だ。

 この男、私をイジメていたことを忘れているのか?

 そう思っていても、相手は楽しそうに話し続ける。あくまでも想像の中だ。

「お前、出島のこと、知っているか?」松山はそう切り出す。

 出島と言うのは集団で虐めていた男たちの一人だ。

 私が「知らない」と返すと、

「出島は、死んだよ。まだ若いのに・・」松山はそう言って、「出島は若い頃、素行が悪くて、誰か弱い人間を見つけると、よくイジメていたからな」と続ける。

 自分の行いはどこかに置いてきたように忘れている。

 そして松山は、

「ひょっとしたら天罰が下ったんじゃねえのか」と断定するように言って笑う。

 その天罰とやらは、この男には下っていない。

 人間の記憶や、自分や他人に対する評価は、その程度だ。

 想像の中だけでも、こんな場面が浮かぶくらいだから、実際に会ったりすると、もっと残酷な現実が待っているかもしれない。


 このような出会いは、あくまでも想像の中だが、会いたくない人間は、そんな風にこの世を渡っているのだと思う。いわゆる「憎まれっ子、世にはばかる」というやつだ。

 いや、むしろ、そんな人間の方が上手く生きて出世し、家族を作り、誰よりも幸福を掴むのだと思う。

 そして、その逆の人間は暗い過去をいつまでも背負い、時には過去に押し潰されながら生きている。そんな気がしてならない。


 だが私は思う。

 人間は、そんな人間に会いたくないと思いながら生きている訳ではない。

「懐かしいあの人に会いたい」・・そんな当たり前のことを思いながら生きているのだと。

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