第13話 心が騎士でも、技はお嬢ちゃんだな
敵国人が演説をぶったところで、兵士たちの信頼が得られるわけではない。
そんな簡単なことで人心を掌握できるのであれば、世の中戦争なんぞすぐなくなるだろう。
「勝手なことを言って申し訳なかった。ええと、フレリア様」
「フレリアで構いません。貴方の言葉は真に迫っていましたしね」
「敵を殺せと教えるのは簡単だ。だが、憎しみだけで戦っていても、いずれ悔いが残ると思いまして」
「まるで見てきたかのようですね。それは貴方自身の――いえ、やめておきましょうか」
さて、だ。
大見え切ったからには、結果を残さないといけない。
ただでさえ蛇蝎の様に忌み嫌われている人間種だ。訓練を施せば、それは殺意に昇華しても不思議ではない。
だが俺はやる。
軍で跳ねっかえりを抑えるにはどうするか。命令を聞かない者をどうするか。
至極簡単なことだ。実力を以てねじ伏せればいい。
都合のいいことに、兵士たちから俺の存在に対して俎上に上がったようだ。
「フレリアお姉様! なぜあのような……人間なんかに私たちを指揮させるのですか!」
「愚問ね、レティシア。我が国は能力主義なの。それにもう人材を選り好みできるほどの余力はないわ」
第一部隊の長、レティシアなる人物が網にかかった。
もっとも、第二、第三部隊の長も同じ様子ではあるようだが。
「単刀直入に申し上げます。私たちはその男が信用できません。本当に人間の間諜ではないのですか? 仮に味方だとしても自分たちより弱い相手に従うつもりはございません!」
特務参謀は頭脳労働がメインだ。
人間憎しのあまり、そのことが彼女たちの頭から抜けてしまっているらしい。
まあ、力仕事を受け持っても、俺は一向に構わんのだがな。
「ではどうすれば命令に従ってもらえるのかしら。よもやと思いますが、陛下のご意向に背くつもりではありませんよね?」
「へ、陛下の
俺がこの世界の歴史を、チートでインストールされた。それによると、だいぶ古代から不倶戴天の敵同士であり、停戦と開戦を何度となく繰り返しているようだ。
子々孫々、父祖伝来の由緒正しき敵であり、未来においても確固たる敵の可能性が高い。
「その男と手合わせさせてください。私たちは確かに儀仗兵です。ですが日々訓練は怠っておりません。一人ひとりが、前線にいる兵士と同じ練度を持っていると自負しています」
「リオン、あなたの考え通りに動いているけれど、それでいいのかしら?」
「問題ありません。訓練を施す身としては、いずれ駄犬どもの躾はしなければならないでしょうから」
「い、犬ですって! 無礼者! その減らず口を縫い留めて差し上げますわ!」
激高しやすく、挑発に乗りやすい……か。少なくとも部隊長としての性根は叩きなおさないといけない。
「お前たちには出来ないかもしれん。よかろう、最も強い者を五名出してこい。如何に自分たちがぬるま湯に浸かっていたのか、骨身に教えてやろう」
「言わせておけば……」
土の色むき出しの訓練場で、俺は五人の騎士と向き合う。
彼女たちの魂は高潔だ。それは俺も認める。
だが、腕前はまだ未熟であると見た。
有事に逃亡しないだけでも合格点を出したいが、俺は戦場で一人も死なせる気はない。必要なのは死線を潜れるだけの技量と度胸、そして積み重ねた修練だ。
それゆえに、俺はあえて彼女たちを『騎士』ではなく『お嬢さん』と訓練では呼ぶことにしょう。
誇りを汚すつもりはない。
だが知ってほしい。今は一人のお嬢さんでも、やがて国を背負える騎士足り得ることを。
「決まったか? 随分長かったな」
「うるさいわよ、人間、丁度決まったからこちらに来なさい。正規の軍人を舐めるとどうなるのか、私たちが調教して差し上げてよ」
第一部隊長・レティシアは俺に指を突きつけ、宣戦布告の口上を述べる。
もう甘い。
戦う気であれば、ましてや俺が本当に人間の間諜であるのならば、有無を言わさずに抜剣し、刺し殺すべきだ。
悠長に訓練場まで移動する必要はない。さらに言えば、俺が口上を述べる前に殺害してしまうのが正しいのだ。
俺の信条的には認めたくないのだが、この世は概ね力の論理で成り立っている。
そして歴史や証拠は生きている者が作り上げるのだ。
死者は何も語れやしないのだから。
「では第一試合を始めます。お互いに降伏するか動けなくなるまで戦ってください」
審判役のフレリアが念を押して言う。
「相手を殺傷することは許可しません。そうなる前に試合は止めます」
「わかりましたわ、お姉さま。このレティシア、勝利を陛下とお姉さま、そしてダルシアンのために!」
「了解した」
手を交差させ、フレリアは試合の開始を告げる。
「行きますわよ。木剣でも打ちどころによっては死ぬこともあるかもしれませんわ。そうなっても恨まないでくださいましね」
レティシアの向上が続く。
「魔王心眼流、免許皆伝の腕前、とくと御覧なさい。泣いて逃げ出すという恥さらしな行為だけはおやめくださいましね」
「――長いんだよ」
俺は貸与された木剣を手に、一足で懐付近まで飛び込む。相手に次手を考えさせない、電光石火の振り下ろし。無論これはフェイントだが、さて……。
「くうっ、早……ッ!?」
上段の攻撃を受け止めようとして、木剣を頭の上にかざす。すると狙っていた通り、胴体部はガラ空きになる。
我ながらなんとも陳腐でお粗末な陽動だ。これに引っかかるようではお先が見える。なので一工夫凝らすとしよう。
フェイントに気づいたレティシアが木剣を下げようとする。
それを弾き、俺も剣を捨てる。
「なっ!?」
低空タックルでレティシアを抑え込む。
彼女の長い金の髪が地上に落ち、青い瞳は驚愕の色をたたえていた。
そのまま抑え込み、マウンティングポジションをキープする。
「この態勢の意味がわかるか、お嬢ちゃん」
「どきなさい、下郎! 夫になる者以外に触れられていい体ではありません! 騎士ならば剣で勝負なさい、卑怯者!」
「じゃあその卑怯者をどかしてみせろ。お嬢ちゃん、これはごっこ遊びじゃない、殺し合いだ。こんなふうにな」
俺は懐から短剣を抜き、レティシアに向かって振り下ろす。
とっさに彼女は俺の腕を掴んで止めるが、腕力と態勢、そして殺意の差から命を刈り取るのはもう目前だ。
「くぅっ、この……やめ……ひっ、いや、いやああっ!」
無論イミテーションの短剣だけどな。
教育を施すのに、いちいち殺害していくわけがない。兵士を育てるにもコストがかかるものだ。
「えい」
「きゃあああああっ……ああ、あ……れ?」
「お前は『戦死』だお嬢さん。これが戦場だったら、確実に殺されていたぞ」
俺は体を放して、レティシアを引っ張り上げる。まだ呆けているのか、それとも負けたことにすら気づいていないのか。彼女の瞳は光彩を失っていた。
「そんな……卑怯ですわ……こんな戦い方許されません」
「卑怯もクソもないんだよ、お嬢ちゃん。戦場ってのは、最後に立ってたやつが勝者で正義だ。どんなに崇高な理念を掲げようとも、死んだらそこまでだ」
この分だと叩きのめすのに時間はかからんだろう。
俺は名乗り出た残りの四人に視線を向ける。
「覚悟はいいな。お前たちが想像もできない殺し方で、命を狙う。果たして防げるかな」
一人が泡を吹いて倒れてしまった。もう一人は失禁し、残りは泣き出した。
おい、本当に大丈夫か、この乙女兵団。
このまま戦場に出すのは不可能だ。それ以前に首都から出すことすら危うい。
早くも俺は、自分が大見栄を切ったことを、不安に思い始めてきたのだった。
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