第12話 乙女兵団……だと……
ダルシアン儀仗騎士団は、魔族の中でも高貴な血筋の子女で構成された、式典用の部隊である。
旗を持ち、軍楽を演奏し、白馬で町中を巡回する。主に鼓舞と発揚を目的としていた。
王国ではマスコット扱いされてるのだが、今は戦時である。国家存亡の危機に際し、常に常在戦場を心がけるべしとの報に接し、ダルシアン儀仗騎士団も戦闘待機を命じられていた。
指揮権を持つのは皇帝ロザリアの双子の妹であるフレリアだ。
通常双子は忌むべきものとされ、こと王家においては家を分ける鬼子とみなされる。だがフレリアは処分されなかった。
姉のロザリアは統率と内政の才があり、妹のフレリアは魔力と軍才があった。
フレリアは早くから自らの運命を悟り、若干7歳にて皇位継承権の放棄書に署名した。誰に言われるわけでもなく、自分の意思で筆を執り、姉を支えると宣誓した。
それは小さな一歩。大海に投じる一石だが、確実に魔族の中に双子容認の気配が生まれた。以後フレリアは常に監視を受け入れ、目立つ場所でのみ活動している。
姉であり皇帝のロザリアは、妹の献身を有難く思いつつも、不憫な運命を押し付けてしまったことに罪悪感を感じていた。
――
居並ぶのは様々な種族の、年若い娘さんたちだ。
俺がこの場にいていいものかと、とまどうぐらいの花園ぶりである。
「総員、傾注!」
踵をそろえ、一斉に前方に集中している。儀仗兵と聞いていたが、中々どうして訓練が行き届いているな。
「みなさん、ごきげんよう」
帝妹であるフレリアが優しくほほ笑む。
「ごきげんよう、お姉さま!」
顎が外れそうになったのをかろうじて抑えた。そんな軍の挨拶があるのか。異文化の慣例というのはわからない。
「今日、皇帝陛下より恩賜を頂戴いたしました。我がダルシアン儀仗騎士団に戦時特務参謀としてリオン・シジョウ様をお迎えする運びとなりました。今後私が不在の間は、特務参謀殿の命令に従うように。陛下の勅命故、各員徹底してください」
「はい、お姉さま!」
「では、ご挨拶いただきましょう。リオン様、どうぞ」
壇上を譲られ、俺は女性騎士たちの前に立つ。彼女たちは白く塗装された胸甲を身に着け、そろいのガントレットやブーツを装備している。実に金がかかっていて、統一された軍隊だ。
「初めまして。この度、人間の王国であるラーナを裏切って、魔族に投降したリオン・シジョウという。知っているかもしれんが、俺は諸君らの言うところの神界—―異世界から召喚された戦士だ」
隊列が乱れる。少女たちには事実という枷は重すぎたか。しかしこの程度で動揺されていては今後に支障が出る。
「ベルクトの城砦を落としたのは俺だ。代官を殺害したのも俺だ。そして噂される強大な魔法力を持つのも俺だ。これで諸君らに隠し事は一切なくなった。今後は作戦立案と訓練計画、前線勤務を視野に入れた行動を執っていく。よろしく頼みたい」
敵意と殺意。何よりも嫌悪感が酷い。
先に団長であるフレリアが皇帝の勅であると宣言していなかったら、俺は問答無用で襲われていたかもしれない。
錦の御旗はどこの世界でも強力だなと感じた。
俺の後を引き継ぎ、フレリアは訓示を述べる。
「現在戦況は芳しくありません。我々は陛下の御座所を守る近衛騎士に近しい存在と思っています。何があっても帝都を守らねばなりません。ですが状況によっては最前線に投入される可能性があります」
ざわり、と団員たちが揺れる。
中には志願兵もいるだろうが、多くは貴族令嬢の騎士ごっこに近いと聞いている。
安全で、名誉があり、見目麗しい軍だ。箔をつけるには最適な就職先だろう。
つい先日までは、そうだった。
「リオンの情報によると、大規模な神界の戦士召喚が行われたそうです。ラーナ王国だけで4名。それ以外も含めるとかなりの数になるでしょう。今この瞬間にも前線では兵士の皆様が傷つき、倒れ、命を落としています」
想像もつかんかもしれんな。俺も地球でいくつか戦場に出たが、決して気持ちのいい空間ではない。
それに今回は少し勝手が違う。
果たしてあの召喚者、イカれたサイコパスどもが何をしでかしてくれるか。それが問題だ。
「今日から実戦を想定した軍事訓練を行います。覚悟の無い者は今すぐに去りなさい。私たちは盾から矛へと生まれ変わります」
「私たちは矛になります、お姉さま!」
ほう、誰も去らないか。
かすかに震えている者もいる。うっすらと恐怖の涙を流している者も。しかしそれでも逃げない。本当にこの世界は、魔族たちは切羽詰まっているんだなと実感した。
よろしい。大変結構だ。
ならばこの戦争、俺が勝たせてやる。
こいつらは俺が生き残らせてやる。大戦果をプレゼントしてやる。
人の価値は、決して抗えない大きな恐怖に対峙したときに、逃げずに仲間をかばう勇気にこそ測られるものだ。
この子たち――いや、女性騎士たちは気高い。
俺はフレリアの訓示が終わったのを見図り、手を挙げたのちに開口した。
「諸君らには権利を二つやる。俺を殺害する権利。そして軍から離脱する権利だ。行使しても罪には問わんし、誹謗中傷も許さん。残ると決心した者は、一つだけ約束してほしい」
「……はい、特務参謀殿」
「魔族は生き残るべきだと俺は思っている。この大地に文化を根ざし、未来へつないでいく存在だと信じている。だから諸君らは俺以外の仲間を信じろ。戦友を裏切るな、民草を裏切るな、皇帝を裏切るな。魔族である、自分の血を裏切るな」
まあ、俺が言っても説得力ないか。それでも言わねばならん。
「魔族はこの先も生き残れ。俺はそのために礎となろう」
響いたかどうかはわからない。だが俺の決意表明はこの場にしかと残した。
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