第10話 城は落としておいてやったぞ

 城館は落とした。

 驚いたのは、多くの傷病奴隷が捕まっており、中には死の寸前でも放置されている者までいた。


 魔法でも、救える命とそうでないものはある。

 結果数名の魔族は、助けることができなかった。慙愧ざんきの念に堪えない。


 彼らは囚われていた住人だという。日々穏やかに過ごしていたが、約定をたがえて人間の軍団が攻めてきた。そして抵抗した者は赤子まで見せしめにされ、美人や若い娘は兵士たちの慰みモノにされていたそうだ。


「展開終了—―プライマリフォルダからセカンダリフォルダへ」


 展開した術式は一度体内になる封印庫へと格納する。何かの拍子に発動してしまうことが無いようにと、先生から教わったからだ。


 町の外にいた魔族を呼び寄せ、一緒に手当てを行う。人間である俺が介抱するよりも、同族の方が安心するだろう。


「さて、だ」

 今まで奴隷が押し込められていた地下牢には、城を警備していた兵士や関係者を突っ込んである。数人黒焦げにしたら、積極的に牢に入ってくれたので効率が良かった。


「このゴミども、どうしてくれるか」

 あまり時間はかけられない。町が一つ失陥したとすれば援軍がくるだろう。

 その前に一気に炎に放り込むのが手っ取り早いか……。


 思案していると、見張りをしていたジェスが慌てて俺のもとまでやってきた。


「リオン、援軍だ。援軍が来た!」

「神聖ラーナ王国か。動きが早すぎる……数は?」

「違うんだ、魔族だよ、魔族の援軍だ!」

「ほう……」


 わざわざ遠征してまで町を取り戻しに来たか。まあこのベルクトは対人間用の橋頭保だ。維持しておくこと自体が、敵にとって圧迫となる。


「ベルクトが落ちているだと……一体どこの軍団の仕業だ!」

「信じられん。どのような武力があれば可能なのだ……」

 窓から眼下を見れば、率いてきた将兵たちが口々に驚愕の意を示しているようだった。


 門が開け放たれ、ジェス達が連れていた難民たちが諸手を上げて魔族の軍を歓迎しているようだ。

 そして当然、死骸の山を見て誰しもが憤慨し、涙する。

 

 さて困った。人間である俺は、自分の潔白をどう説明すればいいやら。


 代官の間、つまり俺がいる広間に魔族の将がやってきた。聞いたわけではないが、一番立派な格好をしているのだ。恐らく彼女が指揮官だろう。


「貴様か、人間の分際で同種族を裏切ったやつは。同胞をよくも可愛がってくれたな」

「事情は何も聞いていないのか? 俺はあんたらの味方のつもりなんだがな」

「信用できるか。あの死体の山を見て、お前たち人間と言葉を交わす必要性がどこにある! どうせ命惜しさに裏で手を回したんだろう!」


 困ったな。何一つ伝わっていない。

 ウェンやジェスが説明をしてくれていると思ったが、まあ、彼らも忙しいだろう。身の潔白は自分の能力をもってするべしということか。


「この町、ベルクトの代官であるジャスパーだったか。あのデブを殺ったのは俺だ。もっと言えば、ラーナ王国の首都から逃げ、魔族の難民をここまで護衛してきたのも俺だ。実績で評価してはもらえないだろうか」

「王都から……だと!? 貴様、異世界の木偶デクか! 戦場で仲間を殺すに飽き足らず、無辜の市民までも手にかけるか!」


 頭に血が上っていて話にならない。俺が何を言っても聞いてはくれなそうだ。


「お待ちください、お武家様! こちらの方は私たちの命の恩人でございます!」


 思わぬ援護射撃は、ジャスパーに椅子にされ、炎であぶられていた奴隷の少女が発した言葉だった。

 手当と魔法を駆使し、元の美しい姿に戻っている。耳の欠損だけは戻らなかったが、それ以外はどうにか間に合ってよかった。

 

 真っ白い髪と狐のような耳。茶色くて人懐っこい瞳が女将軍を見据えている。

「情にほだされたか、娘。そいつは人間だ。ここで斬る」

「いけません! 私の、私たちとらわれていた魔族全員の恩人です。どうしてもと仰せならば、私もお斬りください!」

「……ふむ」


 両腕を大きく広げ、俺をかばっている。だが手足は震えており、今にも倒れそうだ。勇気をもって食いしばってくれたのかと思うと、頭が下がる。


 だから俺が前に出る。


「俺はラーナの非人道的な行為が許せなかっただけだ。だから逃げたし、人間を殺した。よければ俺を軍に入れてくれないか? 下っ端でも構わん。この世界の人間はクズだ」

「言い切るか、貴様。そこの娘に免じて、この場での命は預けておいてやろう。だが武器は没収だ。お前を護送馬車に乗せて、魔都まで連れていくことにする」

「それでいい。やつらと戦えるのであれば、俺は何でもするさ」


 俺の言葉が意外だったのか、女将軍は眉をへの字型に吊り上げた。

「変わった奴だな。魔族の軍に人間が入るということは、安息の日々はこれから存在しないことになるぞ。後悔するなよ」

「後悔はもうしている。なぜこの町を助けられなかったのかとな」

「そうか……」


 女将軍は自分のことをエステルと名乗った。お互いに名を交換し、ついでに捕虜も引き渡す。俺個人ではブチ殺す以外に方策はないが、軍が連れて行けば情報を引き出せるだろう。


「リオン、お前は……この城を一人で落としたのか?」

「特筆すべき防備が無かったからな。士気も練度も低い。ついでに言えば指揮官の能力も最悪だ。殺してくれと喧伝しているようなもんだったぞ」

「普通の者はそれとわかっていても、城砦に攻めてはいかんぞ。お前は一体……」


「魔法使いだ。ただの魔法使いであって、それ以上でも以下でもない」

「まあいい。ベルクト奪還はお前の手柄として記録しておく。多少軍にも覚えがめでたくなるだろう」

「エステル将軍の戦果ではないのか?」

「魔族と人間と一緒の恥知らずにするな。我々は他者の功績を横取りするほど、下種な教育を受けてきていない」


 素晴らしき軍人像だ。

 俺もこの種族。魔族のためであれば、汗水たらして働いても構わない。

 必ず召喚システムをぶち壊す。それにはまず、軍で名を上げなくてはな。


――


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