第5話 俺を信じなくてもいい。全ては結果で示す。

「味方をしよう」


 俺はこの魔族たちを守ると決めた。


 非道に対し武道で抗うは、天道なり。


 二度とローザさんのような、悲惨な犠牲者を出してはいけない。これはきっと天の配剤だろう。

 ほしいままに召喚をし、地を乱す人間の権力者たち。そして自らの力に酔う地球人のなれの果て。


 俺が魔族へ味方するには、十分な理由だ。

 もっとも、魔族側の事情も調査しなくてはいけない。無道に外道で返しているようであれば、俺は放浪生活をすることもやぶさかではない。


「ええと、アンタはなんて名前だ? おれはウェン、あっちは兄貴のジェスだ」

「遅れてすまない。俺はリオンだ。魔法使いをやってる」

「ラーナ王国の魔法兵……じゃないよな」


 ジェスは未だに警戒を解いてくれない。まあそれは正しい。

 立場が逆ならば、俺はもっときつく拘束するだろう。


 茶色い髪のジェスは、弟であるウェンに指を突き立てて詰問している。

 金色の髪をしているウェンを見て、ああ、流石に異世界はカラフルだなと、妙な得心を持ってしまった。


「兄貴! もうこれ以上言いあってもしょうがないだろ。俺たちは魔族の国まで逃げるしかないんだ。だったら、一人でも戦えるやつがいたほうがいいだろ!」

「人間を信じて、今まで一つでもマトモなことがあったか、ウェン。俺たちの親がどうなったか忘れちまったのか?」

「それは……そうだけどよう……」


 魔族は根深い問題を抱えているらしい。口をはさみたくなるが、俺が何を言っても彼らの心は癒せないだろう。ならば俺は結果をもって示す。どんな火の粉も払って見せよう。


「ジェスよ、もうここには水すら尽きようとしている。魔族の始祖もおっしゃっていたであろう、調和と愛情こそが世界を調律すると。騙されて死ぬのであれば、それが我々の運命ということだ」


 残った魔族たちの長だろうか。長い白髭の老人が諭すように言った。


「どいつもこいつも甘すぎるんだよ。どけ、ウェン、俺がそいつを殺す」

 

 ここまでか。なら少し弁明をしてみよう。


「まあ、待ってくれ。斬るのは俺が働いた後でもいいんじゃないか? ローザさんを助けたときに町の守備兵を殺した。いずれにせよ、この森には追手が来るだろう」

「ほら見ろ、疫病神だ。こいつを早いところ始末しよう」


「ジェス、一度でいい、俺を信じろ。ほんの少しだけ俺を自由にしてくれ。望みの結果を出してみせよう」

「兄貴、俺からも頼むよ。最後にもう一度だけ信じてみようぜ」

「……チ、俺は最後まで止めたからな。勝手にしろ」


 ウェンの手で木の檻から出た俺は、軽く頭を下げてから、逃げてきた王都を望む。

 接近する生体反応を感じ取り、俺は迷うことなく攻撃を選択した。


「行くぞ、愚かな同胞よ――我が魔力に戦慄せよ」


 術理展開メソッド

 決して地球上では使えない魔法を、今ここに解禁する。

 封印領域デッドアーカイブから、意識制御下プライマリフォルダへ。禁呪準備。


「星よ……」


――

 兵数は100ほど。すべて騎乗した軽騎兵の一群が、黒き森へと進んでいる。


「なあ、ケニーたちが頭ぶっ飛ばされたっていうが、あれマジか? この辺のゴミ魔族にそんな力があるとは思えんがなぁ」

「事実らしいぞ。ち、侮りやがって。これじゃあ示しがつかねえんだよ、ったく」


 人間の王国—―神聖ラーナ王国に捕まった魔族は力の弱い者が多い。

 地理的には魔族との前線から遠いので、ラーナ王国まで浸透してくる魔族の兵士は稀だった。故に人類は軽んじている。

 魔族など、他愛もない存在である。人間こそが地上の支配者だと。


 人魔の戦線は膠着している。

 だが各国は召喚システムを駆使して、決戦兵器を送り込み続けていた。

 召喚された者は皆、新しく得た力に心酔していた。今では喜んで異種族を襲っているという報国まで上がってきている。


「見えたぞ、あの森だ。陰気くせえ場所だぜ」

「とっとと焼いちまおう。どうせ死体なんざ誰も確認しねえしな。ついでにイノシシでも焼けてれば腹も満たせる」

「違いない。よし、行くぞ」


 だが騎馬の動きがピタリと止まる。


「おい、前進だ前進。なんだ、急に言うこと聞かなくなりやがった」

「こっちもだ。うお、暴れるなっ」


 やがて兵士たちは馬に振り落とされていき、全員が大地へと引きずり降ろされる。

 自由になったや否や、騎馬たちは一目散にもと来た道へと走り去っていった。


「逃げちまったよ。おいおい、これやべえんじゃねえのか」

「くそ、このままだと俺らが斬首になっちまう。森を焼くのは後だ。魔族が馬を奪ったことにして、首を持って帰るしかねえ」


 距離は遠いが、殺気だった兵は次々と抜剣していく。逃げるものは赤子だろうと病人だろうと容赦はしない。王城の前に首を積み上げるしか、兵士たちに生きる道はなかった。


 突如、数千に及ぼうかというほどの、鳥の大群が森から飛び去って行く。


「なんだ、鳥が……すげえ数だ……」

「何か嫌な予感がしねえか?」

「おい、ビビるな。たかが鳥だぞ……ん、おい、何を見てるんだ?」

「あ、あ、あれ……あれを……」


 兵士の一人が指さす先。

 鳥は既におらず、雲一つない青空が広がっている。

 そのはずだった。


 兵士の目には、輝く光点が無数に確認できた。


「光る、星……なのか? まだ昼間だぞ」


 輝く破邪の結晶。それがぐらりと揺れた。

 地上との距離を縮め、流星と化して罪人の上に降り注いでくる。


「うあああああっ、光が、光が降ってくるっ!」

「やべえやべえやべえ、逃げろ! くそ、まにあわ……ねえっ」


 大地は爆轟の彼方へと飛散した。

 跡に残るものは灰以外になし。これぞ禁呪なり。


――

 禁呪:星雲の涙アストラル・ティアーズ

「我、ここに天意をこいねがう。あまねく業罪、深きに至るならば、其の穢れを雪ぐ光を渇望す。星の瞬き、天理の果てより大地を均さん」


 その一撃—―否、無数の光はまさに重爆撃。

 徹底的に、執拗に、欠片も残さず浄化する。


 降り注ぐ星の涙は、魔族への手向けだ。

 轟音と破砕音と共に散るがいい。そして去るがいい、光の彼方へ。


 だがしかし……これほど大きな威力だったか?

 しかも落ちてくる星の数が多すぎるし、破壊範囲や威力も高い。


 以前仮想空間で実験したときは、たしか数十の星だったはずだが。

 あれから成長したとしても、100には届くまい。


 今降り注いでいるのは、万を超える破滅の光だ。

 ……まさか異世界召喚で、魔力や出力も爆上げされたのか。


 もともとは戦術的に優位に立つための禁呪だったはずである。

 それがいつの間にか広域殲滅用の戦略兵器に進化してしまった。


「すげえ……」

「魔族の神よ……感謝します……」

「魔の勇者だ。俺たちは助かったんだ!」


 感謝の声を後ろに、俺は冷や汗がとめどなく滴り落ちてきている。


 いかん、やりすぎた……。

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