第39話 囚われたマリス



 レナードが滞在する迎賓館に到着すると、正門ではなく裏門に回り込みました。

 レナードは夜会に行っているので迎賓館にはいませんが、留守役の侍従や女官に見つかるわけにはいかないのです。

 裏門から入ってすぐに庭木の陰に隠れました。

 迎賓館の様子をうかがいます。


「……人の気配は少ないですね」


 迎賓館に残っているのは最小限のようです。

 ほとんどの侍従もレナードに帯同して夜会に行っているようでした。

 ほっと安堵すると一階の窓からこっそり侵入します。

 迎賓館のどこかにニックがいるはずです。早く助けてあげなければいけません。

 私は見つからないようにしながら廊下を進み、ひとつひとつの部屋を開けてニックを探します。

 そして迎賓館の階段の影に物置部屋らしき部屋があるのを見つけました。

 扉のノブには鎖が何十にも巻かれています。まるで閉じ込めたなにかを外に出すまいとするように。


「ここですねっ」


 私は巻かれた鎖を解く。物音をたてないように慎重に、でも早く。

 そして静かに物置部屋の扉を開けます。


「ニック、ここにいるんですよねっ。ニック……!」


 静かに呼びかけました。

 すると棚の影から縛られて身動きができないニックが倒れます。


「ニック!」


 慌てて駆け寄ると拘束している縄を短剣で切り、口を塞いでいる布を解いてあげました。


「マ、マリスさま……!」

「ニック、遅くなってごめんなさいっ」

「マリス様、マリスさま、っ、うぅ、う……っ」

「よく耐えてくれました。怪我はありませんか? 酷いことはされていませんか?」


 私はニックの全身を確かめます。

 顔や体のところどころにある青痣が痛々しい。少しでも慰めたくて、青痣が残る頬にそっと触れました。


「可哀想に、痛かったですよね。あなたが怖い思いをした時に一緒にいてあげられなくてごめんなさい」


 そう言って顔を覗きこむとニックは瞳に涙を浮かべます。

 でも彼は泣きません。ぐいっと涙を拭いました。


「オレは大丈夫ですっ。でもリリーが連れ去られてっ。早く助けてあげないと……!」

「もちろんです。リリーもきっと帝国の首都に連れてこられているはずです。今から探しに行きます」


 今夜中に見つけなければいけません。でないとリリーは売られてしまう。


「それならオレも行く!」

「ニック……」


 困惑しました。ニックはまだ十四歳の少年なのです。

 そんな少年を危険な目に遭わせてしまうことに躊躇いました。

 でもニックは強い瞳で私を見ています。……そうでしたね、あなたの亡きお父さまは立派な兵士だったんですよね。


「分かりました。手伝ってください」

「はい!」


 私とニックは物置部屋から脱出しました。

 人の気配がない廊下を抜けて、静かに階段を下ります。誰かに見つかってしまう前に裏門に近い一階の窓から庭にでました。


「裏門から出ましょう。すぐそこです」

「はいっ」


 私はニックを連れて裏門を目指します。

 裏門が見えてきました。あと少し、あと少しで。


「――――おいおい、こんな夜中に侵入者とは帝国の治安はどうなってんだ?」


 背後から声がしました。

 私はハッとして装備していた弓を構えます。

 睨み据えた矢じりの先。そこには人相の悪い男がニタリと笑って立っていました。

 しかも一人ではありません。他にも二人、三人、四人、五人、まるで待ち構えていたように薄ら笑いを浮かべる男たち。どうやら私がここに侵入するのは分かっていたようです。


「待ち伏せしていたんですね……」


 この迎賓館には不自然なほど人がいませんでした。

 レナードが夜会に行っているからだと思っていましたが、まさかこんなならず者が潜んでいたなんて。


「マ、マリスさまっ……」


 ふとニックがカタカタ震えだします。

 ニックが男たちを見ながら青褪めていました。


「あいつらですっ。あいつらがリリーを……!」

「こ、この男たちが……!?」


 ごくりっと息を飲みました。

 裏で繋がっていることは予想していましたが、まさか迎賓館に潜んでいたとは思いませんでした。迎賓館に潜ませるほどにレナードが犯罪組織と関わっていたなんて。


「最近、帝国に人身売買組織が侵入したと聞きました。あなた達のことですね!」


 男たちを見据えて言いました。

 でも男たちは嘲笑を浮かべています。


「人聞きが悪いこと言うなよ。自分が侵入したことは棚上げか?」

「悪い侵入者は捕まえねぇとなあ~」

「そうそう、ここは貴族様の迎賓館だ。こんなところに侵入するなんて悪い奴だぜ」

「俺たちが悪い奴を捕まえたら、俺たちのものだ。俺たちがどうしたっていいよな」


 男たちが私とニックにじりじり近づいてきます。

 私はニックを背に庇いました。


「近づかないでください! それ以上近づいたら弓を引きます!」


 構えた弓の矢じりを男の顔面に向けました。

 ギリッと弓が軋む。狙いは外しません。

 男たちは「一人でなにをするつもりだ?」と笑っていますが最後まで戦います。でも「……ニック、ニック」小声で呼びました。

 男たちを見据えたまま小声でニックに伝えます。


「私が弓を射たら門に向かってまっすぐ走りなさい。いいですね? 決して後ろを振り向いてはいけません」

「そ、それじゃあマリス様がっ」

「大丈夫です。私こう見えても弓は得意なんです。それに短剣まで持ってきているんですよ。あんな奴らすぐにやっつけてやります」

「そんなの無理です!」

「失礼な、無理とはなんですか」


 私は冗談めかして言いましたが、もう時間がありません。


「あなたは前だけを見て走りなさい。外に出たら助けを呼ぶんです。いいですね?」


 言い聞かせるように言いました。

 反論を聞く余裕はありません。一人の男がこちらに向かって手を伸ばした、その瞬間。


「――――さあ行きなさい!!」


 私は素早く方向転換して背後の男を射貫きました。


「ギャアアアアアア!!」

「っ、マリス様、待っててください!!」


 裏門への道を塞いでいた男を倒したと同時にニックが走りだします。

 それでいいのです。前だけを見て走りなさい。

 私は即座に新たな弓を構えて真横の男を射る。


「うわっ、こいつ至近距離で!」


 続いて素早く三射目! 斜め前の男を射貫きました。

 すぐに四射目を構えましたが。


「捕らえろ! 弓を奪え!」

「クソッ、舐めやがって……!」

「弓だけだと思わないでください!」


 狙われた弓を投げ捨てて短剣を取り出しました。

 目の前の男を突き刺そうと振り上げた瞬間、ガシリッ!!


「オラ捕まえたぞ!」

「めちゃくちゃしやがって!」

「くっ、離しなさい!」


 私は掴まれた腕を振り解こうと暴れましたが、次から次に男が私の体を捕らえます。

 両腕を掴まれて羽交い絞めにされたけれど、こんなところでこんな男たちに捕まるなんて絶対に嫌です。身をよじって暴れてやります。


「暴れんな! こっちには他のガキもいるんだぞ!」

「っ……」


 ハッとして動きを止めました。

 抵抗をやめた私に男がニヤリと笑います。


「そうだ、いい子だ。ようやく自分の立場が分かったか。たくっ、暴れやがって」


 目の前にきた男が私の顎を掴んで顔をあげさせてきました。

 思いっきり睨みつけてやります。


「私を離しなさい。子どもたちを解放しなさい。くっ、うぅっ」


 痛みに声が漏れました。

 鷲掴まれている顎に力を入れられたのです。


「お高くとまってんじゃねぇよ。イライラさせんなって。せっかく綺麗な顔してんだから殴って傷つけたくない」

「俺たちに捕まった時点で殴られたほうがマシだって目に遭うがな」

「ハハハハハッ、違いねぇっ」


 男たちの笑い声が耳障りです。


「……私をどうするつもりですかっ」

「決まってるだろ、売り飛ばすんだよっ。俺たちに捕まった時点でてめぇは行方不明者の仲間入りだ。てめぇなんか誰も探さねぇさ。おい、連れていけ」

「むぐっ。うっ……」


 男が命じると私の口が塞がれました。

 目隠しをされて拘束され、そのまま引きずられるようにして馬車に乗せられます。

 男たちの声が聞こえてくる。「さっき逃げたガキも捕まえとけ」男たちはニックを追いかけるつもりなんですね。

 ニック、お願いです。どうか、どうかあなただけは逃げきってください。

 私は目隠しされたまま馬車に揺られ、どこかへ連れていかれてしまいました……。





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