第12話 すれちがう食事デート➀
「お待たせして申し訳ありませんでした!」
私は食間に入ると同時に頭を下げました。
食間にはすでにヴェルハルト陛下とエヴァン殿下がいたのです。
陛下と殿下を待たせるなんて許されないことをしました。
……息が詰まりそう。
食間はぴりぴりした雰囲気になっています。
怒らせてしまったでしょうか。食間にいる侍従や侍女たちも強張ったようすで私を見ています。
「はやく着席しろ」
「は、はいっ」
陛下が着席を許可してくれました。
私は急いでテーブルに近づきます。
給仕係に促されたのは陛下の正面の席でした。……いいのでしょうか。
私は人質です。陛下と同じテーブルを囲むだけでもあり得ないのに正面の席なんて……。
困惑していると「何をしている」と陛下に促されました。
最初から選択肢がない私はおとなしく座るしかありません。
「失礼します」
私は椅子に座ると緊張で縮こまりそうでした。
同じテーブルに陛下がいるという状況はあまりにも現実感がないのです。
でも。……斜め向かいにエヴァン殿下がいました。
「おそかったね、マリス。ぼく、まってたのに」
そう言ってニコリと笑顔を浮かべたエヴァン。
……今、分かりました。
殿下は最初から戻ってくるつもりはなく、私をわざと置き去りにしたのですね。
どうやら殿下の第一印象を修正しなくてはならないようです。
「殿下、お待たせしてしまって申し訳ありません。私のことを待っていてくださったんですね。まだ出会ったばかりですのに私のことを慕ってくださり、世話役として光栄です」
ニコリ、私も笑いかけました。
すると殿下の表情が一瞬悔しげなものになります。すぐにいつものかわいい笑顔に戻りましたが、もちろん私は見逃していません。
私は優しい笑顔で笑いかけてあげました。
笑顔で見つめあう私と殿下。
でもふいに正面から冷ややかな視線を感じて背筋が冷たくなりました。
陛下が私と殿下を見ていたのです。
「世話役ご苦労。エヴァンはどうだ」
「その、今日お会いしたばかりですが、殿下はとてもいい子で……」
「そうか」
陛下は私を見据えたまま頷きました。
……感情が読めません。責められているのでしょうか。
陛下がなにを考えているのか分かりません。でも試されているのは間違いないでしょう。
「今は食事にしよう」
陛下がそう言うと給仕が料理を運んできます。
次々に運ばれてくる料理はどれも見事なもので、まるで華やかな花のようにテーブルを飾っていきます。
しかも出される料理には高級食材がふんだんに使われていて、私も食べたことがない食材がたくさんありました。まるで帝国の莫大な富を象徴しているようでした。
本来なら楽しい食事の時間なのかもしれません。
でも今、食間には銀食器の鳴る音だけが響いていました。
ふと顔をあげると陛下と目が合って、慌てて顔を逸らしました。
陛下は前を向いて堂々と食事しているのです。圧倒されて顔をあげることができません。
時おり給仕が「マリス様、こちらをお召し上がりください」と食べたこともないような料理を持ってきてくれます。
私は断ることもできず、初めての料理をいただきました。
「マリス様、いかがですか?」
「お、おいしいです。ありがとうございます」
私は給仕に礼を言うと次に陛下を見ました。
料理のお礼はテーブルの主人にも伝えるものです。
「陛下、ありがとうございます」
「ああ、楽しんでくれ」
陛下は淡々と言うと運ばれてくる料理を食べています。
同じ料理が私の前にも運ばれてきて、私は内心困惑しつつもいただきました。
せっかくの料理なのに味わう余裕はありません。咀嚼して飲み込むけれど緊張で味がしないのです。
こうしてなんとも居心地悪い食事の時間がすぎていくのでした。
◆◆◆◆◆◆
夕食前、皇帝陛下の執務室。
「今日の政務はここまでだ」
ヴェルハルトがきっぱり言った。
グレゴワールがなんとも複雑な顔で見たが、そんな視線に構うヴェルハルトではない。
それどころか。
「みな、ご苦労だった。みなのおかげで今日もいい仕事ができた」
文官たちをねぎらった。
いつになく上機嫌な陛下に執務室内がざわつく。
「へ、陛下はいったいどうされたんだ……」
「なにかいいことでもあったのか?」
コソコソ、ザワザワ……。臣下たちは困惑した。
いつも皇帝の威厳に溢れたヴェルハルトは政務に対しても厳格である。配下からすれば近づきがたい存在なのだ。
文官たちが退室してグレゴワールだけが残される。
「えらく上機嫌だね」
「今から食事デートだからな」
すでにデートになっていた。
「……ただの夕食だろ」
「想い人と食事をするならそれはデートだ」
「デートとは想いあう恋人同士のみ適応されたはずだが」
「今日から帝国では片思いだったとしても本人がデートだと思えばデートだということにする。法令に加えておけ」
そう言ってニヤリと笑うヴェルハルト。
グレゴワールは頭が痛い。嫌な法令が増えてしまった。
そんなグレゴワールの呆れ顔を無視してヴェルハルトは鏡を見ながら髪を手で撫でつける。とくに乱れていないが本命との食事の前に髪型を気にしない男などいないのだ。
「ではデートに行ってくる」
ヴェルハルトは鼻歌でもうたいだしそうな上機嫌っぷりで執務室を出たのだった。
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